メモ。デビッド・マー『Vision』

デビッド・マー著『Vision』のアマゾンの書評に感じるものがあった。

現代は脳の世紀といわれ、脳機能についての知識が全くない人は少ないと思う。しかし脳の研究が始まった瞬間の時代にまさか、こんな時代が来るとは思った人がいただろうか。
 同じように、近年、機能画像研究による脳機能の局在性からのみのアプローチでは脳機能の統合的なメカニズム解明に限界があるとして、新たに計算脳科学等のアプローチが注目される動きがあるが、実際にはずっと以前からその分野を進めてきた人たちがいる。いつの時代も神様が送ったような天才がいるが、同時代に彼らに触れるのは難しい。
 本書は、今から25年も前に35歳という若さでこの世を去った一人の学者の著書であり、視覚神経処理の計算理論の研究書だ。現在脳科学の重要な方法の1つである計算理論からの脳神経科学へのアプローチの始点的研究書として一読の価値はある。また特に視覚刺激の物理的定量を考える人は参考になると思う。

「今から25年も前に35歳という若さでこの世を去った」というところと「いつの時代も神様が送ったような天才がいる」というところに注意をひきつけられた。

ビジョン―視覚の計算理論と脳内表現

ビジョン―視覚の計算理論と脳内表現


日本語のWikipediaにはあまり記述がない。

デビッド・マー(David Marr、1945年1月19日 - 1980年11月17日)は、イギリスの神経科学の研究者。計算論的視覚論に大きな影響を与えた。 小脳の理論で博士号を取得した。これは小脳をパーセプトロンの一種であると見なしたものであった。この理論は後に伊藤正男によって検証された。 伊藤正男アメリカで会ったが、その翌年に白血病で死亡した。死後の1982年に『ヴィジョン』が出版された。


デビッド・マー 日本語版Wikipediaより


この「Vision」という本のことを思いだしたのは(この本を読んだことはない)、昨日、以下の本

で、以下の個所を読んだため。

オルスホーゼン氏は脳の視覚野の一部である「V1」の研究を重ねることによって、動物の目から入力された視覚情報を、脳がどう処理しているかを解明する仮説を立てました。それによれば、私たち人間や動物の目が捉えた外界の映像は、ちょうどコンピュータ画面を構成する無数のピクセル情報のようなものです。
 脳の視覚野は、このピクセル情報からいくつかの特徴ベクトル(物体の輪郭を構成する線)を自動的に抽出します。そしてこのベクトルをいくつか組み合わせて、「目」や「耳」のようなパーツ(部品)を描き出し、それが終わると今度はこれらのパーツを組み合わせて「猫」や「人」の顔など最終的な対象物を描き出している。要するに脳の視覚野は、そのように段階的に対象物を認識しているというのです。
 オルスホーゼン氏はこの仮説をコンピュータで処理できるようなアルゴリズムへと転化し、これを「スパース・コーディング」と名づけました。


この話をどこかで読んだことがあるな、と思っているうちに、「『Vision』を読んだ衝撃」というフレーズが記憶の中から出てきた(これはどの本で出会ったフレーズだろう?)。それでアマゾンで「Vision」を検索した。デビット・マーの理論とこのオルスホーゼンの理論の関係が気になる。


日本語版Wikipediaの「計算論的神経科学」の項目にこの「Vision」の説明が載っていた。

デビッド・マーは彼の著書"Vision"の中で、脳を理解するためには異なる3つのレベルでの理解が必要であると主張し、情報処理システムとしての脳を研究するための指針を与えた。3つのうち最上位のレベルは抽象的な計算理論である。そこでは、計算の目的は何か、何故それが適切なのか、そしてその実行可能な方略の論理は何なのかということが問われる。また、最下層のレベルはハードウェアのレベルであり、明らかとなった計算問題がどのような物理的な機構により解かれているかというものだ。具体的には神経細胞や神経回路などが対象となる。さらに、この上位の計算理論と下位のハードウェアのレベルをつなぐ概念としてアルゴリズムと表現というレベルがある。これは、脳に入出力される情報の表現および入力から出力に変換するのに用いられるアルゴリズムについてのレベルで、上位の計算理論がハードウェアの上でどのように実現されるのかを理解しようとする。マーによる以上のようなレベルを意識して、上位のレベルから研究を行うアプローチを計算論的神経科学という。

  • 計算理論(computational theory)
    • 計算の目的とその適切性を議論し、実行可能な方法の論理を構築
  • アルゴリズムと表現(algorithm and representation)
    • 計算理論の実行方法。特にその入力と出力の表現と変換のためのアルゴリズム
  • ハードウェアによる実現(hardware implementation)

 このような定義に沿って行われる計算論的アプローチは、神経生理学などから実験的に集められた神経細胞の動作や結合などの知見からボトムアップ的に脳の情報処理の仕組に迫る方法とは逆に、脳が行っている情報処理の計算理論から順に情報表現やアルゴリズム、神経回路の構成としてのハードウェアの仕組を解明するというトップダウン的な手法である。


計算論的神経科学 日本語版Wikipediaより

上記の「計算論的神経科学 日本語版Wikipedia」には、計算論的神経科学については「特に視覚の計算理論で知られるデビッド・マーの功績で現代的計算論的神経科学が確立した。」とあり、上記の本「AIの衝撃」にはオルスホーゼン教授のことを「『コンピュテーショナル・ニューロサイエンス(計算論的神経科学)』の分野で活躍する科学者の草分けです。」と書いているので、デビッド・マーによって確立された「計算論的神経科学」の流れの中にオルスホーゼン教授はいる、しかもデビッド・マーと同じように視覚の研究をしている、という関係なのだろう。