エーゲ海のある都市の物語:ミレトス(16):イオニアの反乱のきっかけ

当時、ミレトスは繁栄を謳歌しておりましたが、ナクソスという島も他の島々にぬきんでて繁栄しておりました。ナクソスエーゲ海に浮かぶ島々の中でキクラデス諸島と呼ばれる諸島の中の最大の島です。ミレトスはペルシアの支配下にありましたが、ナクソスはそうではありませんでした。

この頃ナクソスの資産階級の幾人かがナクソスの民衆派によって国を追われ、旧知のヒスティアイオスを頼ってミレトスに亡命してきました。しかしヒスティアイオスは前回述べたようにスサに連れていかれたので、彼らはアリスタゴラスに面会し、ミレトスの軍隊を貸してもらいたい、その軍隊を使ってナクソスに帰国したい、ということを頼みました。この話を聞いてアリスタゴラスは、もし自分の力で彼らを帰国させてやることが出来たならば、ナクソスの支配権を得ることができよう、と考えました。アリスタゴラスはナクソスの亡命者たちにこう話しました。ミレトスの軍勢だけでは到底ナクソスの軍勢に勝つことは出来ない。しかし、自分はサルディスの総督のアルタプレネスと幸いにも懇意な仲である。アルタプレネスはダレイオス王の腹違いの弟であり強大な力を握っている。彼から軍勢を借りればナクソスへの帰国はかなうだろう、と。
ナクソスの亡命者たちはそれに賛成したので、アリスタゴラスはサルディスに行き、アルタプレネスに、ナクソスは地味肥え、財宝や奴隷も豊かな国である、彼らを帰国させたあかつきには、この島をダレイオス王の版図に加えることが出来るでしょう、と説明して軍船を出すことを承知させました。アルタプレネスは、ダレイオス王の許可をとったうえで、自分の従兄弟のメガバテスを総指揮官に任命し、200隻の三段櫂船とペルシア軍および同盟国軍よりなる遠征軍を率いさせてアリスタゴラスの許へ送りました。



ナクソスの風景


こうしてナクソスへの遠征準備が整ったのですが、アリスタゴラスはひょんなことで総指揮官メガバテスを怒らせてしまいました。メガバテスが艦隊の警備状況を視察していた時に、不備のある船があったのでその艦長を厳しく罰したのですが、その艦長がアリスタゴラスの親しい知人だったのです。アリスタゴラスはそれに抗議しメガバテスに向って、アルタプレネスがおまえに与えた命令は、私の命令に従ってナクソスを攻略することだ、いらぬことはするな、と言いました。この言葉がメガバテスを怒らせてしまいました。ダレイオス王の従兄弟である自分がなぜ、1つの町の支配者でしかないギリシア人に指図されなければならんのか、というわけです。そして腹立ちのあまり、使者をひそかにナクソス島に送ってナクソスの攻撃計画をばらしてしまったのでした。
今までペルシア軍が自分たちを襲おうとしているとは全然知らなかったナクソス人はびっくり仰天、さっそく篭城の準備にかかりました。このため、ペルシアの遠征軍がナクソスに到着した時にはナクソス側の準備は完了しており、このために包囲線は4ヶ月も続きました。やがてペルシア軍の用意してきた軍資金は底をつき、アリスタゴラス個人の出費も莫大になりました。ついに遠征軍は惨憺たる状態でペルシアに引き上げたのでした。

かくてアリスタゴラスは、アルタプレネスとの約束を果たすことができなかったが、それとともに出征の費用を催促されて窮地に陥り、また遠征の失敗やメガバテスとの不和が不安の種となり、かくてはミレトスの支配権をも失うのではないかと考えはじめた。そしてこれらのことどもを、あれこれ思い煩っている内に、とうとう謀反を企らむようになったのである。


ヘロドトス著「歴史」巻5、35 から

アリスタゴラスが企んだのはもちろんペルシアへの謀反をです。ちょうどこの頃、スサにいるヒスティアイオスからアリスタゴラスの許に使者がやってきました。使者がヒスティアイオスから言づかってきたのは奇妙なことに、ただ自分の髪を剃って頭を見てくれ、ということだけでした。そこで使者の髪を剃らせたのちにアリスタゴラスがその頭を見ると入れ墨がしてあり、それはペルシアからの離反を指令した文でした。ヒスティアイオスはこの指令を誰にも知られないようにアリスタゴラスに伝えるために、使者の頭を剃り、使者には内容を知らせずに入れ墨をし、再び髪が伸びるのを待って、アリスタゴラスの許に送ったのでした。ヒスティアイオスがこの指令を送った理由は、スサに留めておかれている自分の境遇がいやになった、ミレトスで反乱が起きれば、その対策のためにきっと自分がミレトスに派遣されるだろう、と考えてのことでした。こうしてヒスティアイオスとアリスタゴラスという2人のそれぞれ利己的な思惑からイオニアの反乱と呼ばれる5年に渡る戦争が始まったのでした。