エーゲ海のある都市の物語:アイギナ(6):アイアコス一族の神霊

アイギナの最初の王であったアイアコスとその子孫はアイギナの守り神として崇拝されていました。そしてアイアコスの一族はアイギナ以外の都市国家でも崇拝されていました。そのことが分かる話が以下の伝説です。
BC 507年のことです。テーバイがアテナイと戦い、惨敗するということがありました。

その後テバイ人はアテナイに報復せんとして、デルポイに使いをやり神託を伺わせた。ところが巫女の答えは、テバイ人が独力ではアテナイに報復することはできぬから、事柄を衆議にかけたのち、最も近き者の援助を求めよ、とあった。
 さて神託使の一行が帰国し、テバイでは民会を開いて、神託の報告が行われた。使いの者から「最も近き者」の援助を求めよという託宣のあったことをきくと、テバイ人が口々にいうには、
「われわれに最も近い隣国といえば、タナグラにコロネイア、それにテスピアイではないか。しかしこれらの諸国はいずれも、戦いあれば常にわれらの側に立ち、ともに戦い抜いてくれる国ばかりじゃ。今更あらためて、これらの国々に援助を求める必要がどうしてあろうか。託宣の真意は左様なことではあるまい。」
このような論議を交わしているとき、ふと一人のものが真意を悟って、こういった。
「わしには託宣の意味が呑みこめたように思うぞ。言い伝えによれば、テバイとアイギナとは、アソポスの娘であるそうな。二人は姉妹である故に、アイギナに援軍を頼めと、神様はわれらにお告げ下さったものと思うぞ。」
 そして、これに優る意見も他になさそうであったので、テバイでは早速アイギナに使者を送り、貴国はわれわれに「最も近き者」であるから、神託のお告げどおり援助してもらいたいと要請した。アイギナ人はテバイ人の援助要請に対して、英雄アイアコス一族(の神霊)をテバイの救援に送ることを承諾したのである。


ヘロドトス著「歴史」巻5、79〜80 から

歴史(中) (岩波文庫 青 405-2)

歴史(中) (岩波文庫 青 405-2)


この話から、テーバイでもアイアコス一族が崇拝されていたことが分かります。さて、テーバイはアイアコス一族の神霊を受領して、それによってアテナイに勝つことが出来たかといいますと、ヘロドトスは、出来なかった、と記述しています。そしてまたしても敗北したテーバイはアイギナにアイアコス一族の神霊を返却し、代わりに生身の人間による助力を要請したのでした。そこで今度はアイギナは自らアテナイを攻撃したとヘロドトスは記しています。しかし、この時期本当にアイギナがアテナイに対して戦端を開いたかについては疑問な点もあり、私はアイギナはアテナイとの戦争を始めていない、というふうに考えています。


それはともかくとして、アイギナにおけるアイアコス一族への尊崇の念はアフェア神殿の破風(=ペディメント)の彫刻群にも表れています。東の破風の彫刻群はヘラクレスによるトロイア攻略が描かれていますが、そこでヘラクレスとともに戦っているのはアイアコスの子テラモンです。


東側の破風の復元図


南側の破風はいわゆるトロイア戦争を描いていますが、ここで主に活躍するのはテラモンの子アイアスです。


テラモンの子アイアス。南側の破風から


このように両方の破風にはアイアコスの子孫の活躍した神話上の場面が描かれていました。