ニューラル・コーディング(2)

3.1 レート・コーディング

神経発火通信のレート・コーディング・モデルは、刺激の強さが増加するにつれて、活動電位、すなわち「スパイク発火」の頻度、すなわちレートが増加する、と述べている。レート・コーディングはときには頻度コーディングとも呼ばれる。
レート・コーディングは伝統的なコード体系であり、全てではなければ大部分の刺激についての情報はニューロンの発火レートに含まれていると仮定している。与えられた刺激によって生成される活動電位のシーケンスは試行毎に変わるので、ニューロンの反応は通常統計的に、あるいは確率的に扱われる。それらは特定のスパイク・シーケンスとしてよりもむしろ発火レートによって特徴づけられるだろう。大部分の感覚系では、刺激の強さが増加するにつれて発火レートは一般には非線形的に増加する。場合によってはスパイク列の時間的構造で符号化されたいかなる情報も無視される。その結果、レート・コーディングは非効率的であるがISI「ノイズ」に関して非常にロバストである。
レート・コーディングの中で、発火レートを精密に計算することは非常に重要である。実際、用語「発火レート」はいくつかの異なる定義があり、それらは、時間についての平均や、実験の数回の繰り返しについての平均のような、異なる平均化手順を参照する。
レート・コーディングでは学習は、活動依存シナプス重み変更に基づく。
レート・コーディングは元々は1926年にED AdrianとY Zottermanによって示された。この簡単な実験では、様々な重りが筋肉から提げられた。刺激の重さが増加するにつれて、筋肉に分布している感覚神経から記録されたスパイク数も増加した。これらの独創的な実験から、AdrianとZotternmanは、活動電位は単一のイベントであり、個々のイベントの大きさではなくイベントの頻度が大部分のニューロン間通信の基礎である、と結論づけた。
その後数十年間、ある程度はレートを実験的に測定することが比較的容易なために、発火レートの測定は全てのタイプの感覚ニューロンと皮質ニューロンの性質を記述するための標準的な道具になった。しかしこの方法はスパイクの正確なタイミングに含まれているかもしれない全ての情報を無視してしまう。近年、時間平均による単純な発火レートは単純すぎて脳の活動を記述できないことを、より多くの実験的証拠が示唆してきている。

3.1.1 スパイク回数レート

スパイク回数レートは時間平均とも呼ばれるが、試行の間に現れるスパイクの数を数え、それを試行の期間で割ることで得られる。時間ウィンドウの長さTは実験者が設定し記録されるニューロンのタイプと刺激に依存する。実際には、実用的な平均を得るためには、その時間ウィンドウ内で数個のスパイクが発生しなければならない。典型的な値はT = 100msかT = 500ms であるがその期間はより長かったり短かったりすることもある。
スパイク回数レートは1回の試行で決定出来るが、試行の経過の間のニューロンの反応における変動に関する全ての時間分解能を失うという犠牲がある。時間平均化は、刺激が一定かゆっくり変化し生命体の速い反応を要求しない場合にうまく作動し、これは実験手順で普通出会う状況である。しかし現実世界はほとんど定常ではなく、しばしば素早い時間スケールで変化する。例えば、静的な画像を見る時でさえ、人間は目の衝動を、つまり注視の方向の素早い変更を遂行する。よって、網膜の光受容体に投影された画像は数百ミリ秒毎に変化する。
その欠点にもかかわらず、スパイク回数レート・コードの概念は実験だけではなくニューラル・ネットワークのモデルにも広く使われている。それは、ひとつのニューロンはひとつの入力変数(刺激の強さ)に関する情報をひとつの連続出力変数(発火レート)に変換する、というアイディアを導き出した。
少なくともプルキンエ・ニューロンにおいて情報が単に発火によってだけでなくタイミングや非発火の期間、休止期間によっても符号化されるという証拠が増えつつある。

3.1.2 時間依存発火レート

時間依存発火レートは時刻tt+\Delta{t}の間の短い間隔の間に現れるスパイク数の平均(試行についての平均)をその間隔の長さで割ったものとして定義される。これは安定した刺激と同様、時間依存の刺激についてもうまく作動する。時間依存発火レートを実験的に測定するために、実験者はある入力シーケンスの刺激を与えてニューロンから記録する。同じ刺激シーケンスを数回繰り返し、ニューロンの応答をPSTH(Peri-Stimulus-Time Histogram)に記録する。時刻tは刺激シーケンスの開始時点から測定される。信頼出来る平均の見積りを得るために\Delta{t}は、その間隔内に充分な数のスパイクが入るように充分大きくなければならない(通常は1から数ミリ秒の範囲)。実験の全ての繰り返しにわたって合計されたスパイクの発生数n_K(t;t+\Delta{t})を繰り返しの数Kで割ったものは時刻tt+\Delta{t}の間のニューロンの通常の活動の尺度である。さらに間隔の長さ\Delta{t}で割ると、ニューロンの時間依存発火レートr(t)が得られ、これはPSTHのスパイク密度と等価である。
充分小さい\Delta{t}について、r(t)\Delta{t}は時刻tt+\Delta{t}の間に起きるスパイクの数の、複数の試行についての平均である。もし\Delta{t}が小さければ、いかなる試行においてもtt+\Delta{t}の間の間隔の内部に2個以上のスパイクは決してないであろう。これはr(t)\Delta{t}が、そこにおいてそれらの時刻の間に1つのスパイクが発生する試行の割合でもあることを意味する。同じことであるが、r(t)\Delta{t}はこの時間間隔の間に1つのスパイクが起きる確率である。
実験手順として、時間依存発火レートという評価基準は、特に時間依存刺激の場合に有用な、ニューロンの活動を評価する方法である。この方法の明らかな問題点は、それが脳内でニューロンが用いるコーディング体系ではありえない、ということである。ニューロンは応答を生成する前に、正確に同じ仕方で刺激が繰り返し現れるのを待つことは出来ない。
それにもかかわらず、実験で得られる時間依存発火レートの尺度は、もし同じ刺激を受け折る互いに独立したニューロンの大集団があるならば、意味をなし得る。1回の試行でN個のニューロンからなる集団から記録を取る代わりに、1個のニューロンから記録を取り、N回繰り返した試行に渡って平均をとることは実験としてはより簡単である。よって、時間依存発火レート・コーディングは、常にニューロンの集団が存在するという暗黙の仮定に寄り掛かっている。