- 作者: 辻由美
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 1998/05
- メディア: 単行本
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この本はノンフィクションです。この事件の細部をよく取材しています。読後感は正直な話、重いものです。しかし、いわゆる本屋で「精神世界」コーナーに興味のある人には、世の中にこのような恐ろしいことがあるのだ、ということを知っておくために、読むことをお勧めします。
太陽寺院事件というのは、1994年と1995年に起こった、太陽寺院に属する信者がスイスとカナダとフランスで、集団で死んでいるのが見つかった、という事件です。最初は宗教的理由による集団自殺かと思われたのですが、何名かの人々に銃弾が打ち込まれていたり、それらの人々の行動に、自殺を否定するようなものがあったり(たとえば、ある犠牲者は、死亡の翌日にレストランを予約していた)、真相は謎に包まれています。著者はフランスに在住していたようで、フランスの事情に詳しいです。結局、この本でも謎は解けないままなのですが、この事件の背景が容易ならないものであることを示す、いろいろな事実を掘り起こしています。
ひとつは民間療法とこういうカルト団体の関係。また、カルト団体と暴力団、あるいは右翼との関係。教祖の独裁的な性格。奇跡を演出するペテンの数々。巨額の金の行方。それからヨーロッパの秘教的伝統の根深さ。などです。この太陽寺院という教団の教祖ディ・マンブロという男も死者の中に含まれていたことが警察の調べでわかるのですが、ディ・マンブロ自身が何者かによって口封じのために殺された(あるいは死に追いやられた)可能性も否定できません。
ところでこの本によれば、太陽寺院はテンプル騎士団の後継者を名乗っていたそうです。私はこの本で初めて、テンプル騎士団の歴史的な事実と、それを元にした、その継承者を名乗る多くのオカルト団体について、知りました。テンプル騎士団って、そんなに人気が高かったんだ。
1994年の事件に対してスイスでの警察の捜査がずさんであったことは、1995年に同じ教団の信者による同様な事件が発生するに及んで(教祖は死亡し、もう教団は存在しない、と警察は考えていたので)、かなり糾弾されたようです。この事件の被害者の遺族たちはそこに憤っています。この本の第16章は遺族の訴訟を引き受けているフランスのコラール弁護士へのインタビューですが、著者とコラール弁護士の間で次のやりとりがなされています。
――太陽寺院事件は基本的に秘教、宗教という観点からとらえるべき出来事だと思うか、それとも、それとも組織的犯罪だと思うか?
私の個人的な見解だが、この事件には秘教という側面もあるし、金の問題もある。宗教的熱狂から莫大な利益がひきだせることを知っていて操作していた者もいるし、宗教的な目的しかもたなかった者もいる。ぺてん師が信じやすい人に出会ったとき、宗教という名目で巨額の金もうけができる。・・・・・・
――両方の惨劇において、殺害を組織した者はすべて死亡したと思うか、それとも後ろで糸をひいている人がいると思うか?
後ろで糸をひいている人はいると思う。太陽寺院の財政面にかんする捜査はまだ終わっていない。というより、まだはじまっていないと言ったほうがいいかもしれない。スイスでは捜査が終わったことになっているが、解決されたわけではない。・・・・・・
ティエリという男の証言がこの本の第2章に載っていますが、読んでいてとても恐ろしかったです。彼は14年間を教祖に尽くし、あまりの仕打ちに教団を脱会したのですが、その後、14年間の無償労働の報酬を要求しようとして教祖に詰め寄ったのでした。しかしその時、教祖とその取り巻きがあまりに生気がなくて態度がぎこちないのに本能的な危険を感じて、その場を去ったのでした。この行動のためにティエリはあやうく犠牲者の一人になるのを免れました。というのは、その日のそのあとに、その場所で、集団死が実行されたからでした。彼が本能的な危険を感じた、というその情景がとても恐ろしいです。