下山事件 最後の証言 柴田哲孝著

森達也氏の著書「下山事件(シモヤマ・ケース)」を読んだ話は2013年10月26日のところに書きましたが、それからずっと下山事件のことが気になっていて、次には上記の本を読みました。2013年10月26日のところで書いた

下山事件にかかわるきっかけは、友人の映画監督井筒和幸氏から、下山事件についてある情報を持っている人を紹介されたことだそうです。その人は1956年生まれなので当然下山事件の時(1949年)には生まれていなかったのですが、その人の祖父の妹が、祖父の(つまり自分の兄の)十七回忌の後の食事の席でその人に「おまえのお祖父さんはあの事件の関係者なのよ」とつぶやいた、ということです。そこからその人自身の調査が始まっていくのですが、それに参加する形で著者が関わっていきます。

という「下山事件についてある情報を持っている人」その人自身がこの著者です。この著者である柴田哲孝氏と森達也氏とは取材が進むにつれて仲違いをしてしまったようで、さらには、やはり一緒に取材を進めていた週間朝日の人とも、皆が皆、互いに仲違いしてしまった、という状況で、同じ取材ネタから3冊の本が生れる状況になりました。1つが、すでにエントリを上げた森達也氏の著書「下山事件(シモヤマ・ケース)」で、もう1つが柴田哲孝氏の本書、もう1つが、諸永裕司氏の「葬られた夏、追跡下山事件」です。このあと「葬られた夏、追跡下山事件」も読もうと思っています。


さて、この本は元々の情報源の人が書いている本なので森達也氏の「下山事件(シモヤマ・ケース)」よりも、亜細亜産業とその社長であった矢板玄(やいたくろし)という謎めいた人物に関する情報が豊富です。ところどころはっとさせる記述があります。下山事件に興味のない人には何のことか分からないかもしれませんが、元読売新聞の記者だった鎗水氏が伝えるH.O.という人の日記(そこには下山事件に関する重要な情報が書かれているのですが)自体を鎗水氏自身のでっち上げでないかと推論していることには、はっとしました。

下山事件には偽情報が多い。おそらく証人、証言の九割は何らかの作為によって捏造されたものだ。


下山事件 最後の証言」柴田哲孝 より

と著者は書きます。また

下山事件の偽情報には一定の法則がある。事件後の数年間に流出したもの――李中煥や田中清玄の証言――は、すべて共産党主謀説に統一されている。だが松本清張が昭和三五年に『日本の黒い霧』でGHQ説を発表した前後から時効の昭和三九年前後までに大量に出回ったものは、あからさまにCIC*1、キャノン*2主謀説に方向修整されている。

だが下山事件がCIAの命令系統により実行されたという客観的な証拠は存在しない。むしろCIAは、事件後、真相を闇に葬るためのプロパガンダに関与したと見るべきだろう。

いずれにしてもCIAは、すでに鹿地事件で名前を知られ、使い道のなくなったキャノン機関に罪を被せてまで“何か”を守ろうとしたことになる。

そこまでしてアメリカが守ろうとしたものは何だったのか。それは単に、実行犯といった即物的なものではない。アメリカと日本にとって、もっと政治的に大きな意味を持つものだ。
下山事件の本質もまた、そこに存在する。

と論じます。では下山事件の本質は何なのか。この本は400ページ以上の大著で、400ページぐらいまではとても面白いのですが、最後の50ページ弱のあたりは何か急にぼかしたような記述になっていると感じます。そして著者の結論めいたものは次の文章だと思うのですが、私にはそこに到るまでの記述からこの結論(らしきもの)へ到る推論の過程が追えません。

ここにひとつの図式が浮かび上ってくる。日本政府は外資から国鉄を守るために、下山総裁を抹殺したのではなかったのか。その謀殺の陰に米大統領の直属諜報機関であるCIAの関与が浮上すれば、スキャンダルにより後の「単独講和」と「日米安保条約」の締結が白紙に戻る可能性があった。

吉田は、トルーマン大統領に、計り知れない恩を売ったことになる。

結局、私にとってはこの本の読了後も下山事件は謎のままです。途中の記述から分かるのですが、著者は自分が知ったことを全てこの本に書いているわけではなさそうです。著者はここには書かれていない情報をまだ持っているのでしょう。


ところで、こうやってブログに下山事件の本について書くと、リンクを辿っていろいろな記事に出会えました。どれも興味深く読まさせて頂きました。
長島フクからの年賀状――kkos氏

畠山清行「何も知らなかった日本人 戦後謀略事件の真相」――ラスカルの備忘録
あの時代と同じ構造――Chikirinの日記 有名なChikirinさんです。
闇の深さ広さ――こぐ日記

*1:GHQのG2(参謀第2部)の配下にあった対敵諜報部隊

*2:G2配下のキャノン機関