エーゲ海のある都市の物語:ミュティレネ(18):ミュティレネの反乱(1)


BC 479年のミュカレの戦いはペルシアによるギリシア征服の企てを最終的にあきらめさせましたが、その48年後、アテナイを中心とするデロス同盟と、スパルタを中心とするペロポネソス同盟は戦争に突入しました。後世、ペロポネソス戦争と呼ばれる戦争で、全ギリシア世界を巻き込み、27年も続いたのでした。
戦争4年目の夏、ミュティレネがデロス同盟から離脱して、アテナイに対して反乱しました。ミュティレネは、デロス同盟とは敵対するスパルタに使者を送り、デロス同盟から離脱するのでペロポネソス同盟に一員として受入れてもらいたい、と演説しました。

そもそも、われらとアテーナイ人との同盟は、諸君がペルシア戦争から手を引き、かれらが後にのこって残余の討伐作戦を継続することとなって、はじめて結ばれたものである。しかしわれらが同盟戦線に加わったのは、ペルシアの圧政からのギリシア人解放を目的としこそすれ、アテーナイ人の先棒を担いでギリシア人を奴隷化することではなかった。じじつまた、かれらが一同盟国としてわれらの先導をつとめる限りは、われらも進んでその後に従った。しかしかれらがペルシア人にたいする戦鋒を転じて、同盟諸国を己が奴隷に組み従えることに専心しはじめるのを見てから、われらはもはや安閑としていることができなくなった。同盟諸国は(中略)次々とアテーナイの隷属国となりはてて、残るはついにわれらとキオス人だけになってしまった。その間われらはたしかに名目上は自治国、自決権をもつ同盟者として、かれらの戦列に加わってきた。しかし、先例にてらしてわが身を慮れば、われらはもはや安んじてアテーナイ人を指揮者として信頼することができなくなった。なぜなら、われらの同盟諸国を討ち従えたアテーナイは、機会さえあれば残るわれらをも同じ目にあわせるにちがいなくなったからだ。


トゥキュディデス「戦史 巻3・10」より

戦史〈中〉 (岩波文庫)

戦史〈中〉 (岩波文庫)

彼の主張している「同盟諸国は(中略)次々とアテーナイの隷属国となりはてて、残るはついにわれらとキオス人だけになってしまった。」という経緯について少し説明いたします。

デロス同盟の軍事活動には3つの種類がありました。1つ目は当初の目的であったペルシアとの戦争、2つ目はスパルタを中心とするペロポネソス同盟の諸国との戦争、3番目はデロス同盟を離脱しようとする国(=都市国家:ポリス)に対する懲罰、です。この3つ目の活動に関していいますと、正確な年はわかりませんがBC 470年頃にナクソス島が同盟から離脱したためアテナイに攻撃され降伏し、アテナイの隷属国になっています。次にタソス島が離反し、アテナイ軍に攻められ籠城することになり、タソスはスパルタに救援を求めました。しかし折悪しくスパルタは自国領内で反乱が起ったために救援に行けず、このためタソスはアテナイに降伏しました。BC 462年のことです。次にBC 457年、アテナイは自国のすぐそばにあるアイギナ島を征服します。BC 446年にはエウボイア島の諸都市が反乱し、その年のうちに鎮圧されています。BC 440年、ミュティレネに匹敵する海軍国であるサモス島がアテナイに反乱しました。これも結局鎮圧されるのですが、この時、ミュティレネはアテナイの味方をして鎮圧に参加しています。ここに到って、デロス同盟に参加する独立国としてはレスボス島の諸都市(ミュティレネ、メテュムナ、アンティッサ、ピュラ、エレソス)とキオスだけになってしまったというわけです。


ミュティレネは反乱のために港湾の入口を狭める工事や、城壁構築、船舶建造などを行うとともにし、弓兵隊や糧食の準備をしていましたが、親アテナイのメテュムナ市民などがアテナイに通報したために、準備の半ばで反乱に踏み切ったのです。この時、ミュティレネの影響下にあるアンティッサ、ピュラ、エレソスも一緒に反乱に踏み切ったのでした。実は、ミュティレネは反乱によってデロス同盟からの離脱を図るとともに、レスボス島の政治的統一も目指していたのです。この統一に反対しているのがメテュムナでした。さらに、ミュティレネは当時貴族政をとっていたのに対し、メテュムナが民主政をとっていたことも対立の一因になっています。当時のアテナイは民主政をとっていたので(というか、だんだん衆愚政になってきたのですが)、その点でもメテュムナは親アテナイで、ミュティレネはそれほどでもない、という構図になっていました。また、アテナイは、ミュティレネがレスボス島を統一して強力になるのをきらっており、以前からそのような動きに反対していました。

レスボスと紛争中であったテネドス島の市民や、レスボスでもメーテュムネーの市民たちは、(中略)叛乱計画をアテーナイ人に密告した。いわく、レスボスではミュティレーネーを中心に強制的に政治的統合がおこなわれようとしている、そしてかれらは血縁のゆかりがあるボイオーティア人や、ラケダイモーン人*1と内通して、アテーナイから離叛するために、あらゆる手をつくして準備を急いでいる。もし今ただちに機先を制してかれらの陰謀を取り潰さなければ、アテーナイはレスボスを失うことになるだろう、と。


トゥキュディデス「戦史 巻3・2」より

*1:スパルタ人のこと