プルターク英雄伝(六)

このところの「私の本棚」は読みづらいプルターク英雄伝と格闘しています。そして(一)からずっとギリシア人ばかり取り上げてきたので今日もギリシア人を取り上げることにします。ローマ人を取り上げないのは、ローマ人は塩野七生氏の「ローマ人の物語」で全員(何らかの形で)取り上げられているからです。今回の(六)は、

  • ピュロスとマリウス
  • リューサンドロスとスラ

が収録されています。今回はリューサンドロスを取り上げることにします。
(三)の「アルキビアデース」のところでもリューサンドロスは登場しました。全ギリシアがアテーナイ側とスパルタ側に分かれて戦ったペロポネソス戦争の終末期に現れて、アテーナイを降伏させたのが、このリューサンドロスです。ということはアルキビアデースと敵対していたわけですが、リューサンドロスは彼と直接戦ってはいません。アルキビアデースの力量が分かっていたわけです。分かっていなかったのはアテーナイ市民のほうで、彼らはアルキビアデースをつまらないことで罷免してしまったのです。その結果、アテーナイはリューサンドロスに敗北することになったわけです。



リューサンドロスは貧困のうちに育てられましたが

 リューサンドロスの独特なところは立派に貧困に耐えたことである。自分はどんな場合にも金銭に誘惑され買収されたことはなかったが、祖国を富に対する欲望で充たし、富を驚嘆しない点で驚嘆されていた国の風をやめさせ、アッティケー戦争の後多額の金銭を持ち込んだけれども、自分の分としては1ドラクメーも取っておかなかった。

ということで、金銭的に清廉であったということです。ところで文中の「ドラクメー」というのは当時の貨幣の単位です。現在でもギリシアの貨幣の単位は「ドラクマ」です。
リューサンドロスの独特なところは、自分は金銭欲に負けなかったが、祖国を金銭欲で(結果的に)堕落させてしまったというところです。それまでスパルタという国は、「スパルタ的」というぐらいですから質実剛健を国是としていました。そして国外で流通している貨幣を国内には入れず、国内では重くて、かさばる、独自の鉄の貨幣を用いていました。これはつまり物を購入することを抑制するためです。こうしてスパルタは少欲でかつ勇敢な戦士の集団を維持してきたのでした。


ところがスパルタはアテーナイに勝ったことで皮肉にも、その根幹を揺さぶられることになります。つまり裕福なアテーナイおよびその同盟国から獲得した富がスパルタに流入し、今までのスパルタ的生活を崩壊させます。

 リューサンドロスは・・・・・余った金銭と、自分がギリシャで最も有力であり、ある意味で覇者となっているために当然多くの人々から受け取った贈物や冠を、シケリアーで将軍を勤めたことのあるギュリッポスに託してスパルタへ送った。このギュリッポスは、人の話によると、一つ一つの底の縫い目を開けてたっぷり銀貨を取り出してはまた縫い付けておいたが、各々の袋に数を記した書付が入っていることを知らずにいた。・・・・・
 さてギュリッポスはそれまでに華々しい偉大な功績を立てたのに、こういう賤しい恥ずべき事を仕出かしてスパルタから遠ざかった。スパルタの思慮ある人々は特にこのことから貨幣の威力を恐れ・・・・・リューサンドロスを非難するとともに、すべての金貨銀貨を国外から入ってきた死神のように放逐すべきものだとエフォロスに進言した。
・・・・そういう貨幣は公用に充てるだけにして、個人がそれを持っていることがわかると、死刑に処することに決めた。・・・・・そこで役人は市民の家々に貨幣が入り込まないように恐怖心と法律を番人に立てたが、人々の心を金に対して動かされないものとして置くことができず、すべての人に富を何か高貴で偉大なものとして熱望する心を起こさせた。

文中の「エフォロス」というのは王に次ぐ権限を持つスパルタの官職です。


このリューサンドロスというのはどういう人だったのか知りたくて、私は今回、初めて身を入れてこの伝記を読んだのですが、う〜ん、あんまり友達になりたくない人ですね。

リューサンドロスの名誉心は、有力者や同輩にとっていやな気持ちばかり起こさせた。その上、人々があまり機嫌を取るので名誉心と同時にはなはだしい軽蔑と残酷が性格の中にまで生じ、褒美も懲罰も民主的な節度を越えて・・・・自分の怒りの腹いせとしてはその敵を殺すことしかしなかった。亡命も許さなかったのである。


この人はペロポネソス戦争の終了後に起きたテーバイとスパルタの戦争で、功をあせって戦死してしまいました。

・・・・リューサンドロスは・・・・エフォロスを激励してテーバイに守備隊を派遣するように説得し、自分が指揮を取って遠征した。エフォロスはその後王のパウサニアースにも軍隊を授けて派遣した。

リューサンドロスはパウサニアース王に向けて、合流地点を指示する手紙を送ったのですが

この手紙は、それを携えて行った人が哨兵に捕らえられたために、テーバイの人々の手に渡り、

パウサニアースにはそのことが伝わりませんでした。

リューサンドロスは最初軍隊を山の上に置いてからパウサニアースを待ち設けるつもりであったが、その後時がたつにつれてじっとしていることができず、武器を取り同盟軍を鼓舞し縦隊を作って道路を城壁のところまで押し寄せた。・・・・・
 さて、町の中にいたテーバイの人々は・・・・・リューサンドロスが先陣の兵とともに城壁に近づくのを見ると、とつぜん城門を開いて襲い掛かり、リューサンドロス自身とその預言者と他の兵士少数を倒した。

何かあっけない最後です。このことに関してプルタルコス先生は

もう少しでプラタイアイから到着しそうになっている王の大軍を待たず、憤激と名誉心に駆られて時機でもないのに城壁に攻め寄せたために、飛び出してきたつまらない兵士の手でわけもなく殺されることになったのは、思慮の足りないせいだと言えよう。

ときびしい評言を書いています。いずれにせよ、彼よりのちスパルタの社会はスパルタ的ではなくなってしまったのでした、彼自身は昔のスパルタの男だったようですが。