ヘシオドス 仕事と日

「仕事と日」で気になっているのは5つの時代の話です。
5つの時代とは、金の時代(=黄金時代)、銀の時代、青銅の時代、英雄の時代、鉄の時代、で、ヘシオドス自身は自分が鉄の時代に属していると考えていました。そして鉄の時代の悲惨と、その一つ前の英雄時代の栄光とが対比され、自分の生きている時代に対してペシミスティックな感情を吐露する、というのが、この話の主眼と思われます。

かくなればわしはもう、第五の種族とともに生きたくはない、
むしろその前に死ぬか、その後に生れたい。
今の世はすなわち鉄の種族の代なのじゃ。
昼も夜も労役と苦悩に苛まれ、その熄(や)む時はないであろうし、
神々は過酷な心労の種を与えられるであろう、
さまざまな禍いに混って、なにがしかの善きこともあるではあろうが。

これがヘシオドスの生きていた鉄の時代なのでした。


ではその1つ前の英雄時代はどう歌われているかと言えば

しかるに大地がこの種族*1をも蔽った後、
クロノスの御子ゼウスは、またも第四の種族を、
豊饒の大地の上にお作りなされた―――先代よりも正しくかつ優れた
英雄たちの高貴なる種族で、半神と呼ばれるもの、
広大な地上にあってわれらの世代に先立つ種族であったのじゃ。
しかし、この種族も忌まわしき戦と怖るべき闘いとによって滅び去った―――
あるものはカドモスの国土、七つの門のテーベーの城下で
オイディプースの家畜をめぐる戦いに斃れ、
あるものは髪美わしきヘレネーのために、
船を連ねて大海原を越え、トロイエーに渡って果てた。

優れた種族であったが、テーバイ攻めやトロイア戦争で斃れていったと述べています。



最初の3つ、金、銀、青銅の時代についてはホメロスは語っておらず、この5つの時代の話はギリシア神話の中ではちょっとすわりが悪いような気がします。おそらくこれら3つの時代は付け足しなのでしょう。仕事と日では、金の種族は神々のような種族であり、銀の種族は寿命は長いが無分別な種族であり、その次の青銅の種族は戦争ばかりしている種族だった、と歌っています。


私がこの個所から興味を持ったのは英雄時代から鉄の時代への移行はどのようになされたとギリシア神話には述べられているか、ということです。これについては長い間、断続的に調べて来ました。その一端(アテーナイの王統譜)は「アテナイ人の国制 アリストテレス」で紹介しましたが、もう少し大きなお話をいつか述べることが出来たらと思っています。


また、この本には「ホメーロスとヘーシオドスの歌競べ」という短編が併録されています。まさにこれ自身が、英雄時代と歴史時代の中間に位置する伝説として私の興味をひくのです(「一年を終えるに当たって」に少し紹介しました)が、もうひとつおもしろいと思っているのは、この話にはニーチェが絡んでいることです。それについてはこの本の解説で紹介されています。

この見栄えのせぬ小篇が学界の話題になるきっかけを作ったのは、若きフリードリヒ・ニーチェが1870年に古典学雑誌『ライニッシェス・ムーゼウム』誌上に発表した『歌競べ』に関する論文である。1872年には『悲劇の誕生』が書かれ、これによってニーチェは実質的に古典文献学に訣別したのであるから、右の論文は彼が文献学に残した置土産であるといってもよい。・・・・

さらにはこの小篇にはローマ皇帝ハドリアヌスデルポイの神託に、ホメーロスの両親と出身地を尋ねた、という話も登場するので、私にとってはこの3つの意味で興味をひく資料です。興味対象はまあ、全てトリビアですが。

*1:青銅の種族