日本国民に告ぐ―小室直樹

 これらのこと(昔から日本は中国崇拝を繰り返していたこと)を思い出すとき、日本の日清戦争における勝利は、破天荒とも何とも言いようのないものがあった。
(中略)
 天皇の軍隊は、豊太閤(豊臣秀吉)も成しえなかった偉業を成し遂げた。庶民は「人間の常識を超え、学識を超えて、日本世界を征服す」と思ったことであろう。日本軍は、当時の日本人の意識では世界の都である北京占領を目前にして、それをしないで兵を収めた。
 天皇天皇の軍隊のカリスマは沖天(ちゅうてん)した。
 奇蹟である。何が宗教を作るか。奇蹟である。日本国民は「天皇は神である」ということの意味をやっと理解した。天皇は、断じて、そのあたりにたくさんある「天王」の類(たぐい)の「神」ではない。宇宙の最高神である。カルケドン信条におけるがごときキリスト教的神である。

図書館でこの部分を目にして、特にカルケドン信条におけるがごときキリスト教的神である。」に思わず笑ってしまい、借りることにしました。昨年亡くなられた政治学者の小室直樹氏の2005年の本です。小室直樹氏といえば、私には怪人に見えます。そしてソ連の崩壊を誰よりも早く予言したことが印象に残っています。『ソビエト帝国の崩壊』が1980年に出版された時には、学生だった私はタイトルだけ見てそんなバカなと思い、買わずじまいでしたが、10年後に本当にソ連が倒れてしまったので大変驚いた記憶があります。


戦前における天皇のカリスマがどうして形成されたか、については非常に勉強になりました。天皇のカリスマがなぜ必要であったかについては、伊藤博文が「立憲政治の前提として宗教なからざるべからず」と気づき、さらに日本にはそのような圧倒的勢力を持つ宗教が存在しないために、天皇キリスト教的神の代用とした、と説明しています。しかし、それは最初はうまく行かず、日清・日露の戦勝によって、初めて天皇はカリスマを持つことが出来たというのです。


この本は読んでいてとてもおもしろいのですが「第3章 はたして、日本は近代国家なのか」の論は理解出来ませんでした。小室氏はペリーの黒船によって日本人の人格が崩壊しフェテシズムが蔓延し、それが現在日本の混迷の原因であるというのですが、彼はまたフェテシズムを伝統主義(前例を墨守する主義、という意味で)と言い換えたり、スターリニズムと言ってみたりで、どうも概念が混乱しているように思えます。明治政府の首脳達、幕末の乱世を生き延びたタフな男達、は決して前例を墨守してはいませんでした。それなのに、なぜ、ペリーの頃の日本人の人格崩壊が現代まで影響を及ぼしていると言えるのでしょうか? そして、私がこの章でひっかかったことは、この本全体の結論である、自虐史観の克服こそ現代日本の病理を解決する道である、ということに対する私のひっかかりにつながります。
私は著者の結論には賛成出来ないのですが、非常に勉強になりました。学問のおもしろさを感じさせてくれます。