数学的推論が世界を変える 金融・ゲーム・コンピューター
数学的推論が世界を変える 金融・ゲーム・コンピューター (NHK出版新書)
- 作者: 小島寛之
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2012/12/10
- メディア: 新書
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id:obelisk1さんという方のブログ「論理学で大儲け?――オベリスク日録」がこの本を紹介されていたのを読んで興味を持ち、さっそく取り寄せました。
私は根が物理屋なので純粋な数学と言うのはどうもニガテです。何か具体的なモノが想定されないとどうも興味がわきません。そんな私が数学の本でおもしろいと感じた本はそれほどなく、今、思いつくのはこの本のほかには以前ブログに書いた
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- 作者: 落合仁司
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1998/02
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ぐらいです。この2冊はどちらも少し怪しげなところがあって、それが読む側に一種のスピード感を与えているようです。
さて、この本の内容ですが著者がこの本の最後のほうにまとめてくれていますので、それを引用すればこの本の主張はだいたい分かります。
- 現在の金融取引には、経済情勢や他のトレーダーの行動に関する推論が重要になる。
- 現在の金融取引には、コンピューターによるアルゴトレーディングが重大な役割を担っている。
アルゴトレーディングという言葉を私は本書で始めて知ったのですが、要するにコンピュータが自分で判断して行うトレーディングのことだそうです。本書によれば「現在では金融取引の70%がアルゴトレーディングになっている」そうです。
- コンピューターでの金融取引には、推論は数学的推論に限定される。
ちょっと文法的に変な文章のような気がします。コンピュータによるトレーディングで行う推論は数学的推論(形式論理学とか数学基礎論とかで扱う種類の推論)である。人間の行う推論のようなあいまいさはない、ということを言おうとしています。
- 数学的推論とは、数理論理(自然演繹)であり、数学において詳細に研究されている。
- 推論には普遍的な意味での完全性と、個別的な意味での不完全性がある。それはコンピューターの限界をも規定している。
個別的な意味での不完全性とはゲーデルの不完全性定理のことを指しています。下の3つは著者自身の研究による見解ないしは結論です。
これだけでは専門家による専門的な内容であって、部外者である私などを惹きつけるものではありません。ところがこの本はうまい仕掛けでこの結論まで読者を引き込んでいきます。まずまえがきがヴィヴィッドです。
・・・・2010年5月6日に、アメリカのニューヨーク証券取引所で起きた「2時45分のクラッシュ」と呼ばれる現象だ。2時40分からのたった5分間にダウ平均株価が573ドルも急落したのである。・・・そして、安値を記録した2時47分からの1分半に今度は543ドルも急騰した。・・・・
このフラッシュ・クラッシュの原因は、いまも不明とされているが、疑われているのは「アルゴリズムの衝突」という現象ではないか、ということである。「アルゴリズムの衝突」とは、金融商品を取引するためにコンピューターに組み込まれたアルゴリズム同士が、なんらかの複雑な共鳴的絡み合いを起こし、人間には理解不能な取引を実行する現象のことだ。
このフラッシュ・クラックこそが、金融とゲームとコンピューターの間柄を明確に教えてくれる事例なのだ。第一に金融市場で起きている。第二に、コンピューターによる取引が引き起こしたと考えられている。第三に、コンピューターによる取引は、言ってみれば、ゲームをプレイするように実行されている。
では、メインタイトルの中の「数学的推論」とは何だろうか。それは、まさに、金融・ゲーム・コンピューターの3つを貫くことのできるツールのことである。
「数学的推論が世界を変える」の「まえがき」より
そして第1章のタイトルが「数学でマネーを稼ぐ人たち」です。読み進んでいくと金儲けに成功した数学者の話が続き、「数学に強いこと、ギャンブルの仕組みの穴を見つけること、不可能に見える面倒な戦略を成立させる実行力を持っていること・・・・それらを兼ね備えた人間は、運に頼ることなく、頭脳だけを使ってがっぽり儲けることができる」という言葉がわざわざ太字で書かれています。これで読み手をぐっと惹き付けてしまいます。ひょっとしたらこの本のおかげで金儲けが出来るか、と思わせておいて、次の章からは形式論理学の基礎の話です。前の章で勢いがついているのでつい読んでしまいます。
次にチューリングマシンの理論、フォン・ノイマンが創始したゲーム理論、の要点がテンポよく紹介されていて、ハイライトがゲーデルの不完全性定理です。最終章は「金融バトルを解きあかす」で、それなりにおもしろいのですが、それで金儲けの仕方が分かったかと言えば、全然分からないままです。ただ、こんな経済活動のなかに形式論理学、あるいは、数学基礎論、のような抽象性の高い理論が影響をおよぼしているんだ、ということがおぼろげに分かった感じになりました。
それよりもこの本の一番の利点はゲーデルの不完全性定理のあらましが理解出来ることでしょう。私は今までどの本を読んでも理解出来ず挫折していたのですが、この本を読んでそもそもゲーデルの不完全性定理が何を主張しているのか始めて分かった気になりました(まだ、人に説明出来るまでにはなっていません。)。この本での説明は厳密な証明の説明ではありませんが、要点を押さえ、それ以外の煩雑なところは省いているので、だいだいこんなもんだ、ということが分かる仕組みになっています。これは重要なことです。それで興味が出てきたら、次に専門書に当たればよいのです。ある学問について概要を提示し、学ぶ気にさせる本というのはとても重要な役割を担っている本だと私は思います。
ということで、私にとってこの本はとても有意義でした。