線文字A(Linear A)
エトルリアから興味が横滑りして、いまだ未解読ということになっているエーゲ海の線文字Aに興味が移っている。
1979年に社会思想社から発行された現代教養文庫の「古代文字の謎」C. H. ゴードン著
古代文字の謎―オリエント諸語の解読 (現代教養文庫 988)
- 作者: C.H.ゴードン,津村俊夫
- 出版社/メーカー: 社会思想社
- 発売日: 1979/02
- メディア: 文庫
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(原書はCyrus H. Gordon, "Forgotten Scripts: How they were deciphered and their impact on contemporary culture.(忘れ去られた文字:それらが解読されたいきさつと現代の文化へのそれらの影響)" New York: Basic Books, 1968)では、古代文字解読のビッグネームであるシャンポリオン(古代エジプト文字を解読)、グローテフェント(古代ペルシャ文字を解読)などについての記述と並べて、著者であるゴードン教授は自分の線文字Aの解読のあらましを述べている。
ゴードン教授の説は、この文字で表される言語は北西セム語(ヘブライ語などが属する)の一種であるというものだ。すでに1968年にはこの説が一般向けの本に述べられているのに、Wikipediaで見るとまだ未解読ということになっている。私はこの本を読むとゴードン教授の説に説得力を感じるのだが、もとより専門的な知識が私にはないため、その説の真偽は分からない。
線文字Aについては日本語のWikipediaにはあまり情報が書かれていないので英語版を見る。すると線文字Aの出土した場所は、エーゲ海の島々(クレタ島、ケア島、キュテラ島、メロス島、テラ島)とギリシア本土ではラコニア(スパルタを中心とする地方)だそうだ。
テラ島。
一般にはサントリニ島という名前で知られている。アトランティス伝説にも関係するとも言われているエーゲ海の風光明美な島だ。
ここで私の興味は考古学から離れて、テラ島に行ってみたいという空想に切り変わる。サントリニ島は大きな火山島だったのが、紀元前17世紀頃に大爆発して吹っ飛んでしまい、その残りが今のサントリニ島だという。そのため、この島の西側は断崖絶壁になっている。それが観光資源としてはエーゲ海に沈む夕日を見るのに絶好の場所、ということになっていて、その断崖の頂上には多くの白い壁の建物(ホテルやレストラン)が密集している。そんなところで、考古学の本などを読んでゆっくり過ごすことにあこがれる。そして、時にはこの島にあるミノア文明の遺跡アクロティリを見学する、などと空想する。
この島は歴史時代の初めにはすでにギリシア人の島になっていたのだが、現在の考古学によるとミノア文明の担い手たちはギリシア人ではなかったという。だからゴードン教授の主張する北西セム語、というのは突飛な説ではない。ヘロドトスの「歴史」ではテラ島(=サントリニ島)に最初に植民したのは、ギリシア神話に登場するエウロペ(彼女はゼウスによって誘拐され、クレタ島に連れていかれたのだが)を探すために父アゲーノール(神話では彼はフェニキアの王とされている)が派遣した捜索隊の一部であるという。フェニキア語も北西セム語に属する。
現在テラと呼ばれている島は、以前はカリステと呼ばれていたがこれは同じ島で、当時はフェニキア人ポイキレスの子メンブリアロスの子孫が居住していた。すなわちアゲノルの子カドモスはエウロペの所在を探し求めながら、現在のテラに上陸したが、上陸後この地が気に入ったのか、あるいは他の理由があってそうしたのか、この島にフェニキア人を残していった。その中には自分の同族の一人メンブリアロスもいたのである。
ヘロドトス「歴史」巻4、147 より 松平千秋訳
- 作者: ヘロドトス,松平千秋
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1972/01/17
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ところでこのエウロペというギリシア神話上の女性はヨーロッパという言葉の語源になったと伝えられている女性である。つまり、エウロペがゼウスに連れて行かれたクレタ島が彼女にちなんでエウロペと名付けられたのであった。それはアジアと対になる概念であり、そのアジアというのは現在のトルコの地中海沿岸の地域のことだという。ヨーロッパ(ギリシア語でエウロペ)の本来の意味はクレタ島を指していたのだが、やがてそれがギリシア本土を指し、さらにのちになるともっと広い、今のヨーロッパと同じような地域を指す言葉になったという。
サントリニ島の景勝地フィラで、はるかかなたの海を見ながら、こんなことに思いをはせる、ということを空想する。レストランでいささか酩酊しながら、こここそ、アジアとヨーロッパが出会うところ、あるいはヨーロッパとアジアが分かれるところ、などと、ひとり合点しながら・・・・。そんな時に偶然、ひとりの女性考古学者と出会う機会に恵まれる・・・・・。