ニューラル・コーディング(4)

3.2.1 感覚系における時間コーディング

非常に短い刺激の場合、ニューロンの最大発火レートは、2個以上のスパイクを生成するに充分なほど速くはないだろう。この単一スパイクに含まれる短縮された刺激に関する情報の密度のため、単に与えられた期間に渡っての活動電位の平均周波数よりも多くの情報を、このスパイク自身のタイミングが運ばなければならないように見える。このモデルは音の位置認知について特に重要であり、それは脳内でミリ秒のオーダーで発生する。脳はニューロンの比較的短い反応に基づいて大量の情報を得なければならない。さらに、もし1秒あたり10スパイクのオーダーの低い発火レートが、異なる刺激の、任意に近いレート・コーディングから区別されなければならないならば、これら2つの刺激を識別しようとするニューロンは充分な情報を蓄積するために1秒以上待つ必要があるだろう。刺激をミリ秒の時間枠で識別する能力を持つ多くの生物とこれは整合がとれず、このことはレート・コードが、作動している唯一のモデルではないことを示唆している。
視覚刺激の迅速な符号化を説明するために、網膜のニューロンは刺激の開始と最初の活動電位の間の待ち時間で視覚情報を符号化している、ということが提案された。このタイプの時間コーディングは聴覚系や体性感覚系にも見られた。そのようなコーディング方式の主な欠点はニューロンに固有の変動に対する感受性である。マカクザルの第一次視覚野では、刺激の開始に対する最初のスパイクのタイミングが、スパイク間の間隔より多くの情報を提供することが判明した。しかしながら、スパイク間隔はさらに情報を符号化するのに使われているだろう。それは、コントラストの高い状況におけるようにスパイク・レートがその限界に達している場合に特に重要である。こういうわけで、時間コーディングは段階的移行よりもむしろ輪郭のはっきりした境界をコーディングするのに関与しているのであろう。
哺乳類の味覚系は、その明確に区別された刺激と生物の反応の識別の容易さから、時間コーディングを研究するのに役立つ。時間的に符号化された情報は、生物が同じ範疇(甘い、苦い、すっぱい、塩辛い、旨み)の、スパイク回数について非常に似た反応を引き起こす、異なる味物質同士を識別するのを助ける。個々の味物質が引き起こすパターンの時間的要素はその正体(例えば、キニーネとデナトニウムといった2つの苦い味物質の間の違い)を決定するのに使用されるのであろう。このようにしてレート・コーディングと時間コーディングの両方が味覚系で使用される。つまりレートは基本的な味物質のタイプについて、時間はより特殊な差異についてである。哺乳類の味覚系についての研究は、ニューロンの集団に渡って時間的パターンには豊富な情報が存在し、この情報はレート・コーディングの方法が決定する情報とは異なることを示した。ニューロンの群がある刺激に対する応答で同期することもある。霊長類の脳の前頭葉を扱った研究では、ある情報処理行動に関係するニューロンの小集団にわたって、長さ数ミリ秒しかない短い時間スケールでの精密なパターンが見つかった。しかし、そのパターンからはほとんどの情報が決定出来なかった。1つの可能な理論は、それらは脳内に起こる高次処理を表現している、というものである。
視覚系と同じように、マウスの嗅球の僧帽/房状細胞では、匂いを嗅ぐ行動の開始に対する最初のスパイクの待ち時間は、匂いに関する多くの情報を符号化しているようにみえた。スパイク待ちを用いるというこの戦略は、匂い物質の迅速な同定とそれへの反応を可能にする。さらに、若干の僧帽/房状細胞は与えられた匂い物質に対して特定の発火パターンを持つ。このタイプの余分な情報はある匂いを認識するのを助けることが出来たが、動物が匂いを嗅ぐ過程での平均スパイク回数もよい識別装置であったので必ずしも必要ではない。同じ線に沿ってウサギの嗅覚系で行われた実験は、匂い物質の異なる部分集合に関係する他とは異なるパターンを示し、類似の結果はイナゴの嗅覚系での実験で得られた。