エーゲ海のある都市の物語:ミレトス(9):科学者タレス

実は私は今、述べる順番を間違えてしまった、と思っています。しかし、タレスに関する逸話としてこれも紹介しておかねば、と思いもあって、全体の構成(一応、そういうものを考えているのです)を乱すとも感じてはいるのですが、アリストテレスが伝えるこの逸話をご紹介したい、と思います。アリストテレス政治学という、厳しい感じの著作に登場する話です。

例えばミレトスのタレスの話もそうである。これは取財上の一つの工夫で、タレス智慧の評判が高かったために彼に帰せられているが、しかし実は一般に適用出来るものである。その話によると、彼が貧乏しているので哲学は何の役にも立たぬものであるかのように或る人々が彼を非難した時に、彼は天文学から考えて橄欖(オリーブ)が豊かに実るだろうということを知り、まだ冬の間に少しの金を工面して、手附金を渡し、誰も競争するものがいなかったので、ミレトスとキオスの橄欖油圧搾工場の全部を廉く借りうけた。橄欖の実る季節が来た時、多くの人々は同時にしかも俄にそれらの工場を求めたので、彼は自分の好き勝手な値段でそれを貸出した。かくて巨額の金を集め、哲学者たちにとって、もし彼らが欲するなら、富者になるのは容易なことであるが、しかしこれは彼等の思い煩うところではないことを示した。ともかくタレスはこのような仕方で自分の智慧を皆の眼の前に示したと言われている。


アリストテレス政治学」第1巻 第12章 より


はたして天文学でオリーブの出来高の予測が出来るのか疑問ですが、この話は、タレスが実務についても疎くはなかったということ、けっして世捨て人のような人ではなかったことを言いたいのでしょう。また、上の引用でも哲学という訳語を使っていますが、それは天文学をその中に含むのですから、現代の「哲学」という言葉から想像するものよりももっと理系の感じのするものだと思います。


ところで、上の訳文は「橄欖」という今では見慣れない訳語を使っているので、私は、こんなこなれない訳をする人は誰?、と思って見てみたら、意外にも山本光雄氏でした。昨日ご紹介した「ギリシア・ローマ哲学者物語」を書いた方です。私はこの人の著作をもう一つもっています。この本です。

この本の感想については「アリストテレス 山本光雄」に書きました。

  • https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/26/Miletos_%28V%29_%284749953390%29.jpg
    • ミレトスの遺跡