ホメーロスの英雄叙事詩

ホメーロスの英雄叙事詩 (1966年) (岩波新書)

ホメーロスの英雄叙事詩 (1966年) (岩波新書)

古い本ばかりが続きます。初版は1966年で、私が買った版が1978年です。ですから、約30年前に買ったことになります。
ホメーロスギリシア最古の叙事詩イーリアス」「オデュッセイア」の作者として知られていますが、この2つの叙事詩トロイア戦争をめぐる多くの叙事詩群の中の2つとして位置づけられています。私は、その全体像を知りたくて、この本を買いました。

 ギリシアの古い時代の叙事詩は、ホメーロスの『イーリアス』と『オデュッセイア』だけではなかった。これまた後で紹介するが、この二つの長い叙事詩を形成している叙事詩に特有な高度に洗練された言葉は、とうていホメーロスが一人で作り上げたとは考えられないし、またほかの民族の叙事詩の発達や叙事詩が作られた様子からしても、ホメーロス以前にすでに長い長い伝統があって、ホメーロス以前にもたくさんの英雄叙事詩が作られ、歌われたことは疑う余地がない。しかし、これらの作品は不幸にして伝わらず、その中の最大傑作である二つのホメーロスの名のもとに行われていた叙事詩だけが生き残ったのである。

 「ミュケーナイ文書の中の「迷宮の女神」」にも書きましたように、私は昔から、失われた物語や失われた神話に強い興味を持っています。イーリアスオデュッセイアそのものにも増して、失われた叙事詩の内容に興味があります。

 これら二つの叙事詩が扱わなかった部分がその後の多くの詩人によって取り上げられて、ここにトロイエー物語全体を蔽う一群の叙事詩が出来上がった。これを「叙事詩圏」と呼んでいるが、それは次のようなものである。
 『キュプリア』Kypria 十一巻。キュプロスの人スタシノス Stasinos、またはキュプロスのサラミースの人ヘーゲーシアース Hegesiasの作。
 『アイティオピス』Aithiopis 五巻。イオーニアのミーレートスの人アルクティーノスArktinosの作。
 『小イーリアス』四巻。レスボスの人レスケースLeschesの作。
 『イーリオスの陥落』二巻。アルクティーノスの作。
 『帰国物語』Nostoi 五巻。トロイゼーンTroizenの人ヘーゲーシアースの作。
 『テーレゴネイア』Telegoneia 二巻。アフリカのキューレーネーKyreneの人エウガモーンEugamonの作。

 これらの物語はわずかな断片を残して全て失われていますが、紀元5世紀の新プラトーン派の哲学者プロクロスの名で伝わる『文学便覧』という本のそのまた抜粋が残っていて、そこに概要が書かれていたので筋は今でも分かるということです。このように残った物語の背後にはその何倍もの数になる、消えてしまった物語が控えています。そしてそれらの存在は私の心を刺激します。そして、この本にある次の記述も同じ理由で心惹かれます。

 また現在ではあまりよく伝わっていないのだが、メランプースとその一族の予言者の話は、『オディッセイア』に出て来る彼の子孫の予言者テオクリュメノスの話より察するに、かつては大きな物語の圏を成していたらしい。