ある種の時系列

エルゴード的な離散時系列を作るために、「エルゴード性とは?(3)」で示したようなサイコロを連続して2回振って出た目の合計によって系列を作る、という案を作りましたが、これがウィーナーの「サイバネティックス」の「第3章 時系列、情報および通信」の中にある記述に関係があることが分かりました。その記述は以下のようなものです。

 ここでわれわれは

 (3.26)   \Bigint_{-\infty}^{\infty}K(t)d\xi(t, \gamma)

を定義したいのであるが、これはスティルチェス積分として定義できれば簡単であろう。ところが\xitのひじょうに不規則な函数であるから、そのように定義することは出来ない。しかしKt\rightar{\pm}{\infty}なるとき充分早く0に近づき、かつまた十分滑らかな函数であるならば、部分積分の考えを使って・・・・・・


サイバネティックス 第3章 時系列、情報および通信」より

ここで\xi(t,\gamma)は一次元のブラウン運動を表す関数です。ここでtは時間を表します。\gammaは[0,1]の値をとるパラメータです。ブラウン運動自体が確率的な関数ですから、その1つの見本関数(軌跡)を確率論でいうところのイベントと考え、そのイベントを表す点を[0,1]上に置いたものが\gammaです。\gammaの値自体はそれほど重要ではなく、それが無限集合上の1点である、というところが重要です。そして、[0,1]の部分集合を考えた時、その部分集合を構成する点に対応するブラウン運動の見本関数の集合を考え、ブラウン運動がその集合に含まれる確率が、部分集合の測度になっているようにこの\gammaは決められています。

  • どうしてそんなことが可能か調べて見る必要が、本当はありそうです。

さて、つい最近まで私は、なぜウィーナーが

  • \Bigint_{-\infty}^{\infty}K(t)d\xi(t, \gamma)

を定義したいのか理解出来ていませんでした。


この積分は少し形を変えて別の箇所でも現れます。

 (3.34)   \Bigint_{-\infty}^{\infty}K(t+\tau)d\xi(\tau, \gamma)=f(t, \gamma)

は、分布のパラメター\gammaに依存するtの時系列のひじょうに重要な集合をあらわしている。


サイバネティックス 第3章 時系列、情報および通信」より


これと「エルゴード性とは?(3)」での時系列の作り方との関係を以下に示します。


エルゴード性とは?(3)」では今回振ったサイコロの目と前回振ったサイコロの目を合計していますが、エルゴード的な時系列を得るのが目的であれば、もっと昔に出た目を足してもよいことが分かります。そこで、この考え方をもっと一般化してみましょう。
すると、n回前のサイコロの目を足してもよいことになりますし、それも、ただ足すだけでなく、任意の係数Kを掛けてから足しても、エルゴード的な時系列が得られることが分かります。
ここで、サイコロですと出る目の可能性が1から6までの6通りあって複雑ですので、サイコロの代わりにコインを投げることにします。そして表が出たら+1、裏が出たら−1を意味するとします。こうするとコイン投げの結果の平均値は0になり、扱いが楽になります。i番目に投げたコインの結果を\Delta_iとします。ここからなるべく一般的な、そしてエルゴード的な時系列を作成するには、iの任意の関数K(i)を用いて

  • a(j)=\Bigsum_{i=0}^{\infty}K(i+j)\Delta_i・・・・・・(1)

を定義すれば、時系列a(j)エルゴード的になります。

上図のX軸の数字がiを示し、その下の白丸あるいは黒丸が\Delta_iを示します。白丸の場合は+1を黒丸の場合は−1を示します。また棒グラフはK(i)-K(i)を示しています。棒グラフで青く塗った部分がK(i)\Delta_iを示します。つまり\Delta_iが白丸(+1)であればプラスの、黒丸(−1)であればマイナスの値を採用します。この青く塗った値の合計が

  • \Bigsum_{i=0}^{\infty}K(i)\Delta_i

になります。ただし、K(i)i\rightar{\pm}{\infty}で急速に0に収束するとします。(これと同種の条件は最初の引用の中に述べられています。)

  • a(j)=\Bigsum_{i=0}^{\infty}K(i+j)\Delta_i

は、上図の棒グラフがjの値によって左右に移動すると考えればイメージをつかめると思います。


ところで、上の引用に登場した

    d\xi

は、このコイン投げ1回の結果、と考えることが出来ます。大雑把に理由を言えば、多数のコイン投げの結果の極限がブラウン運動だからです。そうすると、

  • \Bigint_\infty^{\infty}K(t+\tau)d\xi(\tau, \gamma)=f(t, \gamma)

は式(1)のidtに置き換え、\Delta_id\xi=\xi(t+dt)-\xi(t)に置き換え、\Bigsum\Bigintで置き換えたものと考えることが出来ます。

(白丸、黒丸の個数は無限になるので図に書けなくなりました。) このように考えるとf(t, \gamma)エルゴード的であることは明らかです。
また、2つの時刻tt+aにおけるfの値を考えるとそれは例えば

上図のようになるが、この図で2つの曲線の重なった部分におけるd\xiの値がどうであったかがf(t, \gamma)f(t+a, \gamma)の両方に影響を与えます。このため、f(t, \gamma)f(t+a, \gamma)は独立ではありません。また、f(t, \gamma)の値が分かったとしてもそれだけではf(t+a, \gamma)の値の分布を求めることは出来ません。よってf(t, \gamma)マルコフ過程でもありません。


このように考えて私はやっと「なるほどおもしろそうな時系列だ」と分かりました。