ローマ人の物語 ハンニバル戦記[下]

この本の扱っている時代:BC205〜BC146


この本でのクライマックスは3つあると思います。1つはザマの戦い。これはスキピオハンニバルハンニバルの戦法で破った戦いです。2番目は第2次ポエニ戦争が終わって数年たってから、スキピオハンニバルがエフェソスで偶然出会った時の会話。3番目はそれからさらに約50年経ったBC146年のカルタゴの滅亡と、その時のスキピオ、これは先ほどのスキピオの養子なのですが(だから、前者を大スキピオ、後者を小スキピオと呼ぶこともあります。)、そのスキピオの言葉、です。
ここでは最後の小スキピオの言葉を取り上げます。

----スキピオ・エリミアヌスは、眼の下に広がるカルタゴの都市から、長い間眼を離さなかった。建国から七百年もの歳月を経て、その間長く繁栄を極めていた都市が、落城し、瓦礫の山と化しつつあるのを眺めていた。
・・・・・
 スキピオ・エリミアヌスは、伝えられるところによれば・・・・、敵のこの運命を想って涙を流したという。
 勝者であるにかかわらず、彼は想いを馳せずにはいられなかった。人間にかぎらず、都市も、国家も、そして帝国も、いずれは滅びることを運命づけられていることに、想いを馳せずにはいられなかったのである。トロイ、アッシリア、ペルシア、そしてつい二十年前のマケドニア王国と、盛者は常に必衰であることを、歴史は人間に示してきたのだった。
 意識してか、それとも無意識にか、ローマの勝将は、ホメロス叙事詩の一句、トロイ側の総司令官であったヘクトルの言葉とされる一句を口にしていた。
「いずれはトロイも、王プリアモスと彼につづくすべての戦士たちとともに滅びるだろう」
 背後に立っていたポリビウスが、なぜ今その一句を、とローマの勝将にたずねた。スキピオエミリアヌスは、そのボリビウスを振り返り、ギリシア人だが親友でもある彼の手をとって答えた。
「ポリビウス、今われわれは、かつては栄華を誇った帝国の滅亡という、偉大なる瞬間に立ち合っている。だが、この今、わたしの胸を占めているのは勝者の喜びではない。いつかはわがローマも、これと同じときを迎えるであろうという哀感なのだ」


このシーンからはいろいろな連想が飛び出します。
そのひとつはこうです。私が高校生だった30年以上前に、世界史の副読本に歴史名言集のようなものがありまして、当時の私はそれが好きでした。その中に上の内容に近いことが書かれていて、私の記憶ではこのようになっていました。

私はこの句が好きでした。


次に、ローマがどう滅んだかについて思いが及びます。ですが、これは難しい問題です。
大雑把に言ってしまうと、ローマ帝国は東西に分裂し、西ローマ帝国は劇的な事件なしに滅び(滅びても誰も驚かなかったそうです)、東ローマ帝国はそれから約千年続いて、こちらはカルタゴのように劇的に滅びました。滅ぼしたのはオスマントルコです。でもその頃には東ローマ帝国は(首都はローマではなくコンスタンチノープル、つまり今のイスタンブールですし)小スキピオが想像するローマとは似ても似つかないものになっていましたので、小スキピオがもしその場面を見たとしても感情移入は難しいだろうと思います。


それから、小スキピオがつぶやいたホメロス叙事詩の一句についてですが、これは「イーリアス」の一節です。私が持っている岩波文庫イーリアスには、こう書かれています。若干、ニュアンスの差を感じます。こちらでは運命というよりかは不確かな未来に対する覚悟の問題になっています。

いかさまこうと私も十分、胸にも腹の底からも覚悟はしている、
いつかはその日が来ようということ、聖(とうと)いイーリオスもプリアモス
そのプリアモスのとねりこの、槍もよろしい兵(つわもの)どもも滅び去る日が。


岩波文庫イーリアス」呉茂一訳(第6書 447--449)

この本にとっては主題はカルタゴですが、私は個人的にローマがどのようにしてギリシア支配下に置いたのかその経緯について知りたかったので、その点にも興味を持って読みました。ただ、もっと知りたい、という思いがあります。
今、プルタルコスの「ティトゥスフラミニヌス伝」(ティトゥスフラミニヌスは塩野七生のこの本にも少し登場します)と「フィロポイメーン伝」が気になっています。


塩野七生のこの本の最後は、今までを振り返り次巻を予告する以下の文章で締めています。

マーレ・ノストゥルム

 カルタゴを属州にし、スペインを属州にし、ギリシアも事実上の属州にしたと同じ時期、後継者に恵まれなかったペルガモンの王が、自分の死の後の王国をローマに託すことを遺言して死んだ。ペルガモンのある小アジアの西岸部一帯も、ローマの属州になったのである。これでローマは、領有する土地の広さでも、地中海世界のゆるぎない覇権国家になった。地中海は、ローマ人にとって、「われらが海(マーレ・ノストゥルム)」になったのだ。
・・・・・・
 しかし、成功者には、成功したがゆえの代償がつきものである。ローマ人も、例外ではなかった。『ローマ人の物語』のIII巻目になる次の巻では、覇者になって以後のローマ人の所行(ジェスト)を書くつもりでいる。