rairakku6さんの「「ローマ人の物語」(2)----rairakku6の日記」に書かれていた
よくよく考えてみると、『イーリアス』を読めば2800年前位に生きておられた人の話を読み、3200年くらい前の都市トロイで生活していた人の様子を文章から知ることができる、そう思うと楽しい気分になってきました。
という箇所に触発されて頭に浮かんだのが、「イーリアス 第6書」のヘクトールとアンドロマケーのくだりです。
- 作者: ホメロス,Homeros,松平千秋
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1992/09/16
- メディア: 文庫
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トロイアの総大将ヘクトールは、弟でもあり予言者でもあるヘレノスの勧めで、一時戦線を離れ、トロイアの女性たちに神々への捧げ物をしてトロイアの安全を祈るように、自分の母親であり、トロイアの王妃であるヘカベーに頼みに行きます。そして戦線に帰る際にちょっと自分の館に寄って、妻のアンドロマケーとまだ1歳にもならない息子アステュアナクスの様子を見ようとします。ところがアンドロマケーは館にはいません。彼女は戦いの帰趨や夫の安全に気が気でなく城壁のほうへ見に行っていたのでした。ヘクトールが妻を捜していると、ばったり彼女に会います。彼女の後には幼いアステュアナクスを抱く乳母が一人・・・・。
アンドロマケーの口からヘクトールの身を案じて悲嘆する言葉が溢れ出ます。これをなだめるヘクトール。そして自分の息子に触ろうとすると、息子は父親が武装しているので怖くて乳母の胸に逃げます。その様子を見てヘクトールとアンドロマケーは思わず笑ってしまいます。悲しい場面なのに、ここで二人が笑ってしまうところが妙にリアルで何千年も前の人間が身近に感じられるところです。その部分を引用します。
「・・・・・ だが願わくは、とっくに私は死んで終って、盛り上げた墳(つか)に秘(かく)れていたい、 お前の叫び、引摺られてゆくお前の声など、聞こえぬうちに。」 こう言って、誉れかがやくヘクトールは、自分の子に手をさし延べたが、 子供は却って、帯もよろしい乳母のふところへと、叫び立てつつ そりくり返った、愛(いと)しい父*1の外貌(なりかたち)に脅えてしまって、---- 青銅の武具や、また馬毛を飾った前立(まえだて)が、いと恐ろしげに 兜の一番とっ先から 垂れなびくのを見て、胆(きも)を冷やしたか。 そこでとうとう愛(いと)しい父御も、母なる奥方*2もつれて笑いくずれ、 すぐさま、誉れかがやくヘクトールは 頭(こうべ)から兜を脱ぎとり、 それを地面の上に置けば、眩しく燦めき立つのを、そのまま、 彼はいとしい愛(う)い子(ご)にやおら、接吻(くちづけ)して手に揺すぶり上げ、 さてゼウスや他(ほか)の神々たちに、祈りを捧げて言うようには、 「ゼウスや他の神々たちに、願わくはこれなる私の 児もまたまさしく この私と同様に、トロイエー人らのあいだに、その名を顕わし、 同様に力も優れて、イーリオス*3をなびけ治める君となるよう、 ・・・・・」 ホメーロス「イーリアス 第六書」 呉茂一訳 より