プルターク英雄伝(二)

(二)でプルタルコスは、国家を(といっても都市国家ですが)従来の貴族制から、より民主的な政体に改革したギリシアはアテーナイの政治家ソローンとローマの政治家プーブリコラを対比させ、次に巧みな戦略で一方はペルシア軍をギリシアから追い払ったテミストクレースと、ガリア人をローマから追い払ったカミルスを対比させています。(テミストクレースとカミルスの対比はちょっと強引です、プルタルコス先生。)ここで4人の伝記全てを紹介する力量は私にはありません。一番最初のソローンだけ、ちょっと紹介します。

法律が平等を与えるというだけでは何にもならない。負債をすれば貧乏人は平等を奪われるのである。自由が最も行われているとみえるところで却って、貧乏人は裁判においても政治においても弁論においても、命令を受け仕事を課せられる点で、金持ちの奴隷になることが最も多い。

1900年前の言葉とは思えない現代に通じる文章ですが、これはプルタルコスがソローンの主要な業績である「負債の帳消し」を評価して書いた言葉です。この文章は以下の文章に続いて書かれたものです。

 ソローンの独特の企てには負債の帳消しということがあって、これによって市民たちの自由を非常に確実なものとした。

ソローンは紀元前7世紀から6世紀にかけて生きたギリシア人でアテーナイ(アテネともいう)の人です。この当時のアテーナイの状況は

その頃貧民の富者に対する不均衡がいわば絶頂に達して、町*1は全く危険な状態にあった。独裁制が現れてはじめて町は落ち着き動乱をやめるだろうと思われた。民衆全体が富者の負債に苦しんでいた。富者のために土地を耕していた人々は収穫の六分の一を納めていて、ヘクテーモリオイ(六分衆)とかテーテス(納貢者)とか呼ばれていたし、身体を質に置いて金を借りていた人々は債権者の意のままにされて、ある者はそのまま奴隷となりある者は外国に売られていった。

という状況でした。

そこでアテーナイでの最も思慮のある人々は、ソローンだけが様々の過ちを免れ、富者と結託して不正を行ったり貧民の窮乏に陥ったりしないのを見て、政治に携わって国民の不和を取り除いて貰いたいと頼んだ。

ソローンはその両者の間に立って調停したのですが、彼自身は一流の貴族の家柄に属していました。

ソローンの父はエクセーケスティデースといって、財産や権力は市民たちの中位であったが、血統は第一流の家から出ていてコドロス*2の子孫だと(言われている。)

ソローンはまず・・・現在の負債をなくし、将来に向かって人身を抵当に金を貸すことを禁ずる法律を出した。

しかし、この結果

ソローンはどちらの側にも気に入られなかった。金持ちには契約を破棄して不平を与えたし、貧乏人には望んでいる土地の再分配をしなかった上に、・・・生活において人々を全く均衡平等なものとはしなかったから、一層不満を持たせた。

ソローンの言葉にこういうものがあるそうです。
『大きな仕事においてはすべての人の気に入ることはむずかしい』

しかしまもなく人々は有利な点に気が付き、自分たちの勝手な非難を捨てて・・・・ソローンを国法の是正者立法者に任命し、・・・・・現行の確定した制度も好きなように改めたり守ったりすることを認めた。

こうしてソローンは従来の貴族制を改め財産の大きさに比例して政治的権利を持つ財産制を定めました。これはのちの民主制につながる政治改革でした。しかしソローンが海外に行っている間に再びアテーナイは3つの党派に分裂してしまいます。

平原党の領袖はリュクールゴス、海岸党の領袖はアルクマイオーンの子メガクレース、山岳党の領袖はペイシストラトスであったが、この最後の党派にはテーテスの大衆が属して金持ちを忌み嫌っていた。

そして晩年には自分の親戚でもあるペイシストラトスが民衆を扇動して独裁制を確立してしまうのを防ぐことが出来ませんでした。

ペイシストラトスは自分で自分の身を傷つけたのち、車で運ばれて市場へ来てから、自分の政策のために敵のものから危害を受けたと言って民衆を扇動し・・・アリストーンが、ペイシストラトスに親衛隊として棍棒持ちを50人与えようという動議を出したので、ソローンは立ち上がって反対演説を行い・・・『心を捉える男の舌をよく見ろ。言葉をよく見ろ。あなた方の一人ひとりは狐の跡を歩いているのだ。あなた方皆の頭は開けっ放しだ。』
しかし貧民たちがいきり立ってペイシストラトスに好意を示しながら騒ぎ回るところや、金持ち連がこそこそと逃げて逼塞しているところを見ると、ソローンは、自分が貧民たちよりも賢明であり金持ち連よりも勇気があると言ってそこを立ち去った。・・・・・
民衆はこの提案を通過させ、棍棒持ちの数についてはペイシストラトスに対して細かい規定を設けなかったので、ペイシストラトスが好きな数だけ養って公然と連れまわっているのを看過した挙句、アクロポリスを占領するようなことまでさせてしまった。

ただ、幸いなことに

ペイシストラトスは政治を支配するようになってから、よくソローンの世話をし敬意を捧げ親切をつくし、自分の家に招いたりしたので、その相談相手となり、その政策の多くを是認した。現にソローンの法律の大部分を保存して自分自身がまずそれを守り、味方の者にも守るようにさせた。

ということです。その後しばらくしてソローンは生涯を終えました。


プルタルコスはソローンに対して

負債の帳消しが行われるとその次に必ず内乱が起るものであるが、ソローンの時ばかりは、危険ではあるが効き目のある薬をうまい時期に使ったように、起りかけていた内乱を鎮圧し、身に具わる徳と名声によってこの処置に伴う不名誉と非難に打ち勝った

ことを評価していますが

ペイシストラトスの陰謀を予知していながらそれを阻止することができ(なかった)

点を非難しています。

*1:アテーナイ

*2:自分の身を国運に捧げたアテーナイ最後の王といわれる人物