伊勢物語2ちゃんねる説?
皆さん、正月気分満喫されていますでしょうか? 私は正月気分です。・・・ということで今日も和風の話題です。
昨日ご紹介した斎宮は、伊勢物語と源氏物語でも取り上げられています。そもそも伊勢物語は、斎宮を舞台にした恋物語が評判を得て「伊勢」の名を得たらしいです。源氏物語では「賢木」の巻において斎王とその母(六条御息所)が登場しますが、場所としての斎宮そのものは舞台にはなりません。
伊勢物語についてどのようにご紹介しようか考えているうちに、伊勢物語2ちゃんねる説を思いつきました。簡単に言うと、伊勢物語は平安初期の2ちゃんねる(ただし貴族社会限定)であって、誰かが斎宮スレを立てたのです。元々「在原業平(伊勢物語の主人公とされている)ならきっとしたに違いない」という関心がベースにある複数の人々がスレを立てて書き連ねたのが伊勢物語ですが、その中でも出来のよかったのが斎宮ネタだったのです。
斎宮に公の使者として向かった在原業平(この人にナヨナヨとした平安貴族のイメージを重ねてはいけません。貴族ながら武人、近衛師団の統率者(権近衛中将)でしたし、若い頃は出世街道をドロップアウトして放浪の旅をしておりました。)に斎宮は何を思ったのか、自分の部屋のすぐ近くに業平の部屋を用意します。それだけでなく、夜中にその部屋を訪れて・・・・(こういう時って高貴な人はひとりでは来ないんですね。童女1人連れてやってきた、とあります。左の絵参照。)。神に仕える神聖な身でありながら・・・・。どうする業平? それから2人はどうなったのか? みんなが書き込みを入れます。複数の人々の書き込みですから相互に矛盾した話が続きます。そしてあることないことみんな書き込まれて話はどんどん膨らんで行きます。伊勢物語には他のスレ(二条后スレや惟喬親王スレなど)もあるのですが、それらもやはり書き込みがなされて膨らんでいったようです。
今、旅の空で、残念なことに手元に伊勢物語がないので確かめられませんが、家に戻ったら伊勢物語がどのようなスレで構成されているのか検討してみたいと思います。