待ち行列理論への歎きと挑戦

現在、私は「待ち行列理論」にはまっています。しかしその理由は、その理論が強力だとか美しいとかが理由ではなくて、この理論が人を翻弄させる性質を持っているからです。どういうことかと言いますと、この理論の初歩的な部分は非常に入り易いのですが、安心して進んでいくと、ちょっと問題が変っただけで今までの手法が使えなくなる、という迷宮的な性格を持っている、ということです。そのように翻弄されることに私は何か惹かれてしまうのです。この翻弄させられるという感触はあながち私がシロウトだからというわけではなさそうで、専門の方も以下のような嘆きの言葉に聞こえるようなことを書かれています。

1 まえがき


待ち行列現象は、直接あるいは間接に、さまざまなレベルで私たちの日常生活とかかわりあっている。誰にとっても待つことは決して愉快なことではないし、待たないに越したことはない。待ち行列理論は、本来こういった素朴な願いに応えるべく誕生してきたし、またそうでなければならないはずである。この意味では、現在の待ち行列理論は、あまりに数学的になりすぎたように感じられる。この数学化の傾向は否定すべきことでもないし、ある意味では歓迎すべきことであるが、その一方で、数学モデルのための待ち行列理論という印象を与えてはいないだろうか。解析のために都合の良い仮定を並べて解いたところで、どれほどの意味があるだろう。また、たとえ解けたとしても、その解が母関数、Laplace変換等の複雑な形や、大規模な数値計算を必要とするものであったとしたら、多くの人は失望の色を隠せないだろう。こう考えてくると、ORのたいていの教科書の中で、待ち行列の章が最後のほうに位置しているのも、うなずける気がしてくる。


拡散近似 : その考え力と有用性(特集:待ち行列の現状) 木村俊一 京都大学 大学院工学研究科(当時)オペレーションズ・リサーチ : 経営の科学  1981年4月号  より

待ち行列理論の発展の歴史は、このような迷宮との戦いの連続であったようです。最近、私はその歴史を概観するのに便利な記事をウェブ上に見つけました。

少し、ここから引用いたします。

2. 待ち行列研究の流れ
2.1 待ち行列研究の始まり

 待ち行列の研究は、テンマークの電話会社技師A.K. Erlangによる1907-1920年の研究に始まるとされる。これはちょうど電話の交換機が開発され、電話の需要見込みに対してどのくらいの交換機を設置したらよいかという問題が契機であった。待ち行列研究はOR(オペレーションズ・リサーチ)という言葉が生まれる20年以上も早く始まっており、これがOR史の実質的なスタートでもある*1


2.2 第1期黄金時代

 Erlangの研究以来、数学が実際の問題に役に立つ面白い研究分野だということで、待ち行列は多くの著名な研究者の関心を集め、とくに1950年代にはその後の待ち行列理論において重要な役割を果たす基本的概念が多数出されている。・・・・C. Palm, J.W. Cohen, J. Keilson, J. Gani, N.U. Prabhuなどといったビッグネーム達が活躍を始めたのもこの時期である。また応用の面でも、電話に限らず、生産システム、流通システム、交通システム、サービスシステムなど、いろいろな分野に待ち行列が積極的に応用された時期でもあった。これが待ち行列研究における第1期黄金時代である。・・・・
 この第1期黄金時代の成功に刺激されて、それ以後、発表される論文の数も鰻登りに増加していったが、やがて大きな壁に突き当たった。応用上もっとも基本的なモデルであるM/G/sの解析が行き詰ったのである。多くの研究者がこの解析にチャレンジし敗れ去った。これに引導を渡したのが1966年に書かれたJ.F.C. Kingmanの代数的解析の論文であった。これは従来の研究方法の延長線上ではM/G/sの解析は無理であることをはっきりと示したものであった。それでも待ち行列研究はひるんだわけではなかった。


2.3 第2期黄金時代

 このKingmanの論文以後、新しい待ち行列研究の方向を巡って多くの研究者が模索を開始した。その模索の結果が出だしたのが1970年代の半ばから80年代へかけて、とくに1975年からの数年間である。これが第2の黄金時代であろう。・・・・
 待ち行列の解析というと従来は数学的な解析がほとんどであり、待ち時間分布のラプラス変換積分方程式を求めるなどといったことが目標であった。しかしKingmanの論文でその道が(少なくともM/G/sに対しては)閉ざされてしまった。そこで待ち行列を解析するということの意味を変え、数値的な計算方法(アルゴリズム)を示すことによって解析したことにする、という「解く」という概念の変更、大げさにいえばパラダイムの変革、が行われたのである。この変化を示す象徴的な研究成果が相型分布と行列幾何形式解、およびBCMP型待ち行列ネットワークの積形式解とそれに対するMVA(平均値解析法)などの数値解法である。・・・・
 これらアルゴリズム的アプローチや待ち行列ネットワークの研究に少し遅れて、1980年代に入ってからはいわゆる理論派の活躍の場であった。点過程、マルチンゲール、パーム測度などの高度な数学的道具を駆使して、従来、個別のモデルに対してのみ成り立つことがわかっていた性質を、より一般の広いクラスのモデルに適用できるよう拡張する、といったことがさかんに行われた。・・・・


待ち行列研究の新しい潮流(1) : 待ち行列研究の変遷 著者:高橋幸雄 「オペレーションズ・リサーチ : 経営の科学」1998年9月号 より

待ち行列理論の挑戦はまだまだ続いているようです。私はその先端を理解することなど到底出来ないですが、初歩から少し進んだ程度の成果のうちのいくつかを実務の言葉に直してお伝えすることが出来れば、と思っています。

*1:P.M.S BlackettらによるORのはじまりが1937年、J. von NeumanとO. Morgensternによるゲームの理論が1944年、G.B. Dantzigによるシンプレックス法が1948年、C.E. Shannonによる情報理論が1949年、R. Bellmanによる動的計画法が1952年である。