生物と無生物のあいだ
- 作者: 福岡伸一
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2007/05/18
- メディア: 新書
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ウィーナーのサイバネティックスの第2章を読解しているうちに、エントロピー増加に刃向かうものとしての生命、という概念に興味をおぼえ(「妄言」参照)、流行から遅れたがそろそろこの本を買おう、と思って最近、買いました。それはこの本の第9章のタイトルになっている動的平衡について何か知見を得られるのではないか、という期待からです。
残念ながらその期待ははずれました。生命の本質が動的平衡である、我々は物質として存在しているのではない、我々を構成している原子は、どんどん別の原子に置き換わってしまう。そういうことは、本を読むまえからうっすらと知っていたことでした。ただ、3日とか、そんなに速いうちに、置き換わってしまうとは知らなかったし、脳細胞すらそうだと知った時にはちょっと衝撃を受けましたが、自分の心には仏教的世界観が結構染み込んでいるので、そんなもんかな、という感じでした。我々とは流れにほかならない。そのことは分かりました。しかし、私が知りたいのは、何が動的平衡を成り立たせているか、です。それは、この第9章の終わりに書かれている問いと同じです。
そしてただちに次の問いが立ち上がる。絶え間なく壊される秩序はどのようにしてその秩序を維持しうるのだろうか。
「第9章 動的平衡とは何か」より
しかし、それに対する答はこの本には無いように思えました。答らしきものは「第10章 タンパク質のかすかな口づけ」にわずかに現われているようですが、私はもっと明確な答を知りたいのです。
環境変化に対する生命の適応と内的恒常性の維持は、すべてこのようなフィードバックループによって実現される。
「第10章 タンパク質のかすかな口づけ」より
やはりフィードバックか? それならウィーナーの認識と同じです。しかし、フィードバックがそのキーであるならば、どうして私たちは生物と同じぐらい外乱を柔軟に克服出来る機械を作ることが出来ないのでしょうか? 生物が傷を負っても、やがて回復していくような、そんな機能を持つ機械は、鉄と銅と半導体を材料にしている限り、無理そうです。液体環境の中に人工でフィードバックループを設定する必要があるのだろうか? それを実現するためには何か必要なのだろうか? 本当にフィードバックが動的平衡を成立させる主要因なのだろうか? もっと別の要因があるのではないだろうか? そのような疑問が私の中から湧き起こります。
この本の最後の文章は、
結局、私たちが明らかにできたことは、生命を機械的に、操作的に扱うことの不可能性だったのである。
となっていますが、もしそうならば生命の神秘は人間には閉ざされたままなのでしょうか?
この本を読み終わった時に私は、今度はフォン・ノイマンの「人工頭脳と自己増殖」を読み直してみようと思いました。そこには、生命の神秘に迫る別のアプローチがあるような予感がしたからです。
あと、もうひとつ感想。「ポスドク」って大変そうだなあ、と・・・・・。
もうひとつ感想。「第6章 ダークサイド・オブ・DNA」に載っているロザリンド・フランクリンの写真・・・・とてもいい。