樺山紘一「地中海――人と町の肖像」とデレク・フラワー「知識の灯台――古代アレクサンドリア図書館の物語」

樺山紘一の「地中海――人と町の肖像」

という本を読んでいるが、なかなかおもしろい。特に第2章「科学:アレクサンドリアの灯火――アルキメデスプトレマイオス」のところはスッと読むことが出来た。この章の主題はエジプトはアレクサンドリアに古代あった大図書館とそれに付属する研究所(ムセイオン。英語のミュージアムの語源ですね)であるが、それをアルキメデスプトレマイオスという2人に代表させて叙述している。
読んでて何が気に入ったのか確かめるためにもう一度読み直したら、こんな文章に自分が反応していた。

かつて文運もきわだつアテナイにおいてすらも実現できなかった、世界すべてを集約する知の王宮がここに誕生した。ヘレニズムの理想が結晶をみたのである。それはちょうど、ファロス島灯台が、とおく地中海をてらしだしたように、知の水平線に光線をあまねく放射するかのようだった。*1


地中海――人と町の肖像

文中に出てくるファロス島というのはここアレクサンドリアの海岸近くにあった島で今は陸続きになっているとのこと。そしてここにはかつて世界の七不思議のひとつ「ファロス島の大灯台というものがあったということだ。今から2300年前のエジプト・プトレマイオス朝時代、高さ150mもの灯台が建っていたそうだ。現実にそのような高層建築がそびえ立つ都市に同時に知の灯台もあり、そしてこの灯台を目指して世界中から有能な学者が集まり、そして新たなものを生み出していった・・・。そのような光景が浮かんできた。ふと、坂東さん(id:keitabando)がオープンアクセスの向こうに見ている光景もきっとこんな光景なんだろうな、と思った。


先ほどの引用から少しさかのぼると

ムセイオンは、アテナイにあるプラトンの学校アカデメイアと、その高弟であるアリストテレスのリュケイオンという、ギリシア学堂の伝統をうけついで、アレクサンドリアにもうけられた。ここでは、ギリシア本来の古典哲学はもとより、西アジアからエジプトにいたる全オリエントの学問が教育と研究の対象となった。アリストテレスの教え子であったアレクサンドロス大王の面目も躍如といったところである。


地中海――人と町の肖像

「・・・・アレクサンドロス大王の面目も躍如といったところである。」 本当だろうか? アレクサンドリアという都市を建設したのは彼だが、ムセイオン(研究所)を立ち上げたのは彼ではなくプトレマイオス朝になってからだ。しかし、学問の流派主張がどうであれ知識を集結し広く利用し易くすることという思い(志)がプラトンから一貫して流れ人々に受け継がれていったのであれば、それは素敵な物語だと思った。
そこで、以前読んだ本にこのあたりのことが書かれていたなと思い当たって、この本を昨日図書館から借りてきた。

読んでみたら、やはりアリストテレスからアレクサンドリア図書館につながる糸は存在していた。
その糸になる人物は「ファレロンのデメトリオス」というアテナイの政治家・詩人・哲学者だった。彼はその若き日にアリストテレスの主宰するリュケイオンで学んでおり、長じてアレクサンドロス大王の将軍カッサンドロスの右腕としてアテナイを治めていたのだが、政変でアテナイを追放されたところを、エジプト王プトレマイオス1世に迎えられたのだった。その彼がプトレマイオス1世に王立図書館の建設を進言した、ということがこの本には書かれていた。外的にはいろいろ政治的な転変があるのだがその中で100年を越えて知の灯台という志が受け継がれていたのであれば、それはひとつのとても興味深い物語だろう。
そして、この図書館と研究施設からは多彩な学者が輩出していった。今でも有名な人物を挙げれば、幾何学の大成者ユークリッド(エウクレイデス)、地球の大きさを測ったエラトステネス、有名な科学者アルキメデス、円錐曲線の研究で数学の世界では有名なアポロニオス、天動説の大成者にして地理学者でもあったプトレマイオス・クラウディオス、古代世界の名医にしてローマ五賢帝の一人マルクス・アウレリウスの侍医だったガレノスなど。
この本についてはもう少し語りたいが、自分の書く文がつたないので別の機会に。

*1:強調はCUSCUS