メディチ家の人びと

この本の冒頭の言葉はこうでした。

 フィレンツェは、まさに花の都と呼ばれるにふさわしい。

この前に「まえがき」があるわけでもありません。強気ですね。ここで反発して本を閉じてしまうか、それとも読み進めるか。もし読み進めることにしたら、怒涛のようにうんちくが語られるのを読むことになります。

その壮麗をなすメディチ、ピッティ、ストロッツィなどの宮殿(パラッツォ)は、フィリッポ・デッリ・ストロッツィが語ったように、「おのれの身、ならびに、おのが一門の名声をイタリアじゅうに鳴り響かせる」ために建てられている。宮殿の記念碑的な門は、その下を通る人びとが、名門の一人である自分を誇らしく思うためのものだった。ギリシャ、ローマの凱旋門の理念が、彼らの胸に生きていた。宮殿の階段(きざはし)は、まさに記念碑的な歩みにふさわしいものだった。階段は、それをもつ建築を偉大ならしめるけれど、同時に、それを登ってゆく人をも偉大にするものだった。
 自分自身のみならず、家門の名声をあげようという意向は、人間の運命と力にかかわってくる。ミケランジェロは、パラッツォ・ファルネーゼからファルネージアに橋を架けようとした。この二つの建物が同一の軸に置かれなくとも、眼に見える力の効果として、宮殿に住む人びとを一層偉大に見せようとする遠近法であった。それは、ただちにミケランジェロの偉大を物語るだろう。・・・・・


もう圧倒されて「フィリッポ・デッリ・ストロッツィって誰?」という疑問を抱くのも、はばかられそうです。けっして読みやすくはありませんが内容はかなり充実しています。副題は「ルネサンスの栄光と頽廃」ですが、著者の関心は頽廃のほうにより傾いているように見えます。というのは、メディチ家というイタリア・ルネサンス期のフィレンツェの名家の歴史をこの本はたどっていくわけですが、名君といわれた魅力的な人物であるコシモ・ド・メディチや大ロレンツォについての叙述は少なく、その後、フィレンツェの民主制の息の根を完全に止めてメディチ家の覇権を確立したコシモ1世(大公)の叙述にこの本の約半分が費やされているからです。そしてこのコシモ1世というのが、日本で言えば信長のような人物で、この男の周りには尊厳とともに陰惨さがまとわりついていたのでした。そして、この人物への著者の執拗な関心はそのままこの本のエピローグ、著者がモスクワのプーシキン美術館で思いがけず出会ったブロンツィーノ作の絵画「コシモ1世の像」を見たエピソード、にまでつながっています。

私の評伝は、前作「ルクレツィア・ボルジア」と、ある部分で交錯するものだったが、メディチ家の歴史のなかで、もっとも暗く陰惨な運命を描こうとしたものだった。そのなかにあらわれるコシモ1世は、おそろしい悲劇を生きた人物だった。逆に、コシモ1世に関係のあった人たち、とくに女たちにはおよそ救いがなかったはずだ。コシモ1世は、後期ルネサンスメディチ家の人びとに特徴的に認められる愛憎を一身に体現し、そのアンビバレンスを生きた君主にほかならない。そのコシモが眼の前にいるのだった。フィレンツェでは見られなかった絵だった。私は驚きに打たれてコシモ1世を見た。深みのある黒をバックにして、この孤独で、残忍な君主はひたすら暗鬱な表情をしていた。・・・・・


前に読んだのはずっと若い頃だった。もう一度、読んでみようか・・・。(後記。読んでみました。