中世騎士物語

イギリス中世の伝説の本です。
前半はトマス・マロリの「アーサー王の死」を典拠にしたアーサー王の物語、ランスロットの物語、トリストラムとイゾーデ(ドイツ語で言うところのトリスタンとイゾルデ)、パーシヴァル(パルツィファル)、聖杯探索の物語、など。
後半はウェールズの伝説集「マビノジョン」の紹介。
作者のブルフィンチ自身が19世紀の人であるうえに、訳者の野上さんも昔の人なので、ちょっと古めかしい点があります。ちょっと驚いたのはこの本の第1刷は1942年2月5日、太平洋戦争の最中、だったということです。あの時にどうして敵国イギリスの伝説集を発行出来たのでしょうか? ちょっと興味があります。


今の時代に読むにはちょっと語り口が固いですが、私はアーサー王伝説をこの本から学びました。聖杯というイメージはなかなか興味あるものです。純粋なキリスト教ではなくて、さらにそこからケルト的な感性が発展させたひとつの救済者のイメージのように思います。なぜ救済者と書くのかというと、この聖杯自体に病を癒す力があるからです。

  • (ところでこの本では聖杯をそのまま「聖杯」と書いたり「サングリアル」と書いたり「聖グラール」と書いたりして統一していません。)

・・・つづいて、銀の盆とサングリアルの聖なる杯がそこへ来た。病める騎士は体を引立てて坐り直し、双手を挙げて言った。「この聖なる器にやどる麗わしくも妙なる主よ、この重い病より私を癒し給え。」騎士は手をつき膝をついてやっと体を動かし、サングリアルの杯に近よってそれに触れ、接吻した。たちまち、彼の体は癒った。・・・・・「私は心から神に感謝する。聖なる器のおかげで私は癒ったのだ。だがこの眠っている騎士*1が、聖器のここにある間、目を醒ます気力もなければ恩寵もなかったというのは、実に驚くべきことだ。」すると扈従が答えた。「それは、まさしくこの騎士が、決して懺悔したことのない恐しい罪業に穢されているからに相違ありません。」そうして、彼らは去って行ってしまった。・・・・・・

なかなか謎めいていて素敵です。不思議の国のアリスハリーポッターの国のことだけあります。


そういえばユングの自伝に、聖杯の登場する夢のことが出ていたのを思い出しました。

 小康を得てホテルに帰ったとき、特徴的な夢を見たので、ここに述べておきたい。私はイギリス南部の海岸からそう遠くないと思われるある未知の島で、大勢のチューリッヒの友人や知人たちと一緒にいた。その島は小さく、人はほとんど住んでいなかった。島は幅がせまく、南北ほぼ30キロメートルの細長い島である。島の南端の岩だらけの海岸に中世風の城があった。その城の中庭に、われわれは観光の団体として、立っていた。眼前には堂々とした望楼が聳え、その望楼の門を通して広い石の階段が見えた。その階段は円柱のある広間で終っているのがどうにか見えたが、その広間はろうそくの光で薄暗く照らされていた。そこは聖杯の城であり、今夜はここで「聖杯の祭り」があるのだということが私にはわかった。この告知は秘密の性格をもっているように思えた。それというのも、われわれのなかにいる老モムゼンにそっくりのドイツ人の教授がそのことをなんにも知らなかったからである。私はこの人と活発に話したし、しかも彼の学識や知性のきらめきには印象が深かった。ただ一つ私を悩ませたのは、彼がいつも死せる過去のことばかり話し、聖杯伝説のフランス起源に対するイギリスの関係を知ったかぶりをして講釈したことである。彼は明らかに伝説の意味について気付いておらず、その伝説のなお生きている現在にも気付いていなかった。私は、彼とは逆に、この二つの面を強烈に意識していた。・・・・・


ユング自伝 2」の「IX 旅」より


おそらく私の中でも聖杯伝説は生きています、日本人である私にはかなり縁遠いイメージですが。いつかは、これについても突き詰めてみたいと思っています。