心理学と錬金術:覚え書き

深層心理学カール・グスタフユングの大著「心理学と錬金術

心理学と錬金術 (1)

心理学と錬金術 (1)

心理学と錬金術 (2)

心理学と錬金術 (2)

は3部に分かれ、第3部「錬金術における救済表象」はほとんどオカルト書のような記述がつづく。大学時代この本を読んでいて、ここに奇妙な(というのは私の気を引くという意味)神話が断片的に表われるのに気づいた。その中で一番はっきりとこの神話の輪郭が記されているのは次の個所だ。

・・・このヌースはアントロポス神と同一のものであると考えられる。アントロポスデミウルゴスと並んで登場するが、しかし遊星圏[天界]の敵対者である。彼は天球を打ち砕き、そこから身をかがめて大地と水を見おろす(すなわち、自然の諸元素にいままさにみずからを投影しようとする)。大地には彼の影が落ちるが、水には彼の像がそのまま映ずる。この映像が自然の内に愛の焔を燃え上がらせることになるが、アントロポスの方でも、神々しい美しさに輝くみずからの映像が大変気に入り、あの映像の中に棲んでみたいと思う。しかしアントロポスが地上に降りるがはやいか、自然が激しい情欲で彼の身を包みこむ。この抱擁[交合]から最初の七つの両性具有存在(ヘルマプロディトス)が生れる*1。この七つのものは明らかに例の諸遊星に、従ってまた、錬金術思想では両性具有のメルクリウスから生ずるとされるあの諸金属に関係している。


あるいは、『アリスレウスの幻像』という錬金術文献に関連して

タブリティウスは男性的・精神的[霊的]な光とロゴスとの原理であり、それはグノーシス思想のあのヌースと同様に自然との抱擁合体の内に埋没してしまう。

という言及にも上述の神話が言及されている。


あるいは別の個所

・・・この見方は、ピュシス[自然・物質・肉体]との抱擁合体によって暗きものに呑込まれるヌースという、古い伝統的な考え方に一致するものである。


誰かが何かの本で(曖昧な記憶ですみません)、この神話のことを「宇宙的規模のナルシッソス神話」と述べていたことを記憶している。つまりギリシア神話に出てくる、ナルシッソスが池の水面に映った自分の姿に見ほれてしまって動けなくなった、という話で、現代語の「ナルシス」とか「ナルシシズム」の語源になった話である。



それはともかく、学生の頃の私は、大学の図書館で何日もこの本を読みながら、そのあまりの奇怪さ難解さに、よく眠りこけていたことを思い出す。のちに、この神話を述べたのが「ヘルメス選集」の中の最初の文書「ヘルメース・トリスメギストスなるポイマンドレース」、通称「ポイマンドレース」のことだと分かって喜んだ。そして私は、ヘルメス選集のほうへと近づいていった。しかしそれは、難解きわまる文書だったので精読せずに今に至った。

ヘルメス文書 (1980年)

ヘルメス文書 (1980年)

*1:原注:シュルツ『グノーシス派の諸文書』 Wolfgang Schultz: Dokumente der Gnosis. Jena 1910, S. 64 およびライツェンシュタイン『ポイマンドレス』(S.50)を参照。――両性具有的特質は、新ピュタゴラス派の考え方によれば。神性とも密接な関連を有している。この点についてはニコマコスの思想を参照(ツェラー、同上書 3 Teil, S.106)。