こういう記述に出会うとうれしくなる
今、
- 作者: 甘利俊一,利根川進,伊藤正男
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2004/09/22
- メディア: 単行本
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という本を読んでいるのですが、その第2章「脳の設計図は読めるのか」(著者は、伊藤正夫、独立行政法人理化学研究所脳科学総合研究センター特別顧問)の中に、以下の記述を見つけて、「こういうことをウィーナーはやりたかったのだろうな」と思い、うれしくなりました。それは脊髄、脳幹、小脳の機能に関する以下の記述です。
脊髄・脳幹の機能系は、比較的簡単で、非常にその回路が詳しく分析されており、それに小脳が非常にきれいな図式で組み込まれています。頭が動く、あるいは体が動くと、耳の前庭器官が信号を送ってきて、体が動いたために血液の分布が狂って血圧が変わるのを防いでくれます。出血をしたり動脈が圧迫されるなどの外乱が起こると血圧が変わりますので、それを防ぐために、フィードバックのかかった、頚動脈にある圧受容器を介した反射があります。これが複合して、いわゆる「二自由度制御系」というものをつくっていますが、それに小脳の一部がくっついて、適応性を与えて、適応制御系を構成しています。このあたりは、制御理論できちんと理解できる程度まで、いろいろ研究が進んできています。*1
一方、私の偏愛するウィーナーは、その主著「サイバネティックス」
ウィーナー サイバネティックス――動物と機械における制御と通信 (岩波文庫)
- 作者: ノーバート・ウィーナー,池原止戈夫,彌永昌吉,室賀三郎,戸田巌
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2011/06/17
- メディア: 文庫
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の「序章」で以下のように述べているように、最初から生物学に深い関心を持っていました。
この書物は、当時ハーバード大学医学部に在職し、現在はメキシコ国立心臓医学研究所(Instituto Nacional de Cardiologia)にいるアルトゥーロ=ローゼンブリュート(Arturo Rosenblueth)博士とともに10年以上前から行ってきた一連の研究の成果である。
この「序章」の続きにはウィーナーがハーバードのキャノン博士の主催する月例討論会に参加していたという記述があります。このキャノン博士は生物におけるホメオスタシス、つまり、外界の変化にもかかわらず生物内の環境を一定に保とうとする現象、の提唱者でした。ウィーナーはこれが、工学でその頃(1943年頃)すでに明らかになっていたフィードバックと同じものであることを見抜き、フィードバックという観点から、生物におけるさまざまな現象を制御工学の言葉で解明することを提唱したのでした。(逆に、生物学が明らかにする知見を、工学に応用することも提唱していました。)
上に引用した脳の中身が見えてきたの文章は、遅まきながら、そのようなウィーナーの提唱が正しかったことを示すものです。この本によれば、このようなことは「ここ10年ほどのあいだに」明らかになったということです。この本の出版が2004年ですので、1994年から2004年の間に明らかになったのでしょう。ところがウィーナーはすでに1948年に上記の本で、人体におけるさまざまなフィードバックについて工学的に論じていました。たとえば
人体では手や指の運動は、ひじょうに多数の関節をもつ系で行われる。出力はこれらすべての関節の出力のベクトル和である。前に述べたように、一般にこのような複雑な加法系は、単一のフィードバックでは安定化することができない。したがって、目的に達するのにまだどれだけ間があるかを観測して仕事の進行を調整する、随意的(voluntary)なフィードバックは、他のフィードバックの助けを必要とする。これをわれわれは姿勢的フィードバック(postural feedback)と呼んでいるが、それは筋肉系を全体としてある状態に維持することと結びついている。小脳障害の場合に、衰弱したり、調子が狂ったりする傾向を示すのは、この随意的フィードバックである。(中略) 生理学的サイバネティックスの重要問題の一つは、この随意的および姿勢的フィードバックの複雑な系のうちで、いろいろな部分の位置を定め、それらを分離することである。
とか
たとえば効果器が本来遅延的な特性をもっているならば、補償器は、入力の統計的集合に対し働くよう設計された予想器、または予報器となるであろう。この場合のフィードバックは、予報的フィードバック(anticipatory feedback)ともいうべきものであって、効果器の機構を速く動作させるであろう。
この一般的な型のフィードバックは、人体や動物の反射(reflex)にも確かに見られるものである。鴨打ちに行くとき、われわれは、鉄砲のねらいと標的の現在の位置との誤差を最小にするのではなく、鉄砲のねらいと標的の予想位置との差を問題にするのである。
とか
この章を終える前に、フィードバックの原理の生理学への重要な応用をのべるのを忘れるわけにはいかない。それはいわゆる‘恒常性’(homeostasis)についてであるが、そこでは生理現象にある種のフィードバックが出てくるだけでなく、それが生命の継続に絶対必要である多数の例が見いだされる。
です。上述の脳の中身が見えてきたには、ウィーナーが予見した随意的フィードバックや姿勢的フィードバックや予測型のフィードバック(予測をしているのは小脳です)が登場するのを見て、私はうれしくなったのでした。
*1:強調はCUSCUS