またしても「ブルゴーニュ家」

随分昔から持っていた本ですが(発行年月日を見ると、1996年7月20日第一刷発行、とあります)、通読出来たのは今回が初めてです。2007年10月14日の「ブルゴーニュ家」にも書きましたが、この本はとても読みづらい本です。しかし今回、ちょっとした理由があって読書に集中することが出来ました。読みづらいのならば、では、おもしろくないか、といえば、そうではなく、読み込むとなかなかおもしろいです。読みづらさはそもそも歴史というものそのものの性質に由来しているのではないか? などと思います。私は、歴史はいつでもけっして明快なわけではないと、信じています。それが明快に見えることがあるとすれば、それは歴史ではなく「歴史の解釈」だからだと思います。


この本が叙述の対象にしているブルゴーニュ家とはフランス、ヴァロワ朝の分家の筆頭であったブルゴーニュ家のことで、日本で言えば徳川将軍家に対する御三家の筆頭、尾張徳川家のようなものでしょうか。このヴァロワ系ブルゴーニュ家には4代の君主が属しています。それらはフィリップ、その子のジャン、その子のフィリップ、その子のシャルル、です。この4代、それぞれあだ名がついていて、フィリップ・ル・アルディ、ジャン・サン・プール、フィリップ・ル・ボン、シャルル・テルメール、と呼ばれていて、意味は、この本の著者によれば、剛胆なフィリップ、恐れ知らずのジャン、お人よしのフィリップ、むこうみずのシャルル、という意味だそうです。ところでこの訳には著者の見解が反映されています。たとえばブルゴーニュ家3代目のフィリップ・ル・ボンは、日本語の本では普通「フィリップ善良王」と訳されるのですが、この著者は「おひとよし」と訳しています。そしてこの本の中ではフィリップのことを執拗にこのあだ名「おひとよし」で呼びます。実はそこに著者の関心の核のひとつがあります。


この関心は何かというと、ブルゴーニュ家がフランス王家から独立してひとつの国家を作るかどうか、ということです。著者がフィリップに対して「おひとよし」と呼ぶのは、ブルゴーニュ家がその実力からしてフランス王家から離脱する機会は十分にあったにもかかわらず、フィリップが常にフランス王家に臣従する態度を取っていたからです。当時のブルゴーニュ家は本家のフランス王家に匹敵する力を持っていました。フィリップの治世の初期はイングランドとフランスの間の百年戦争の末期にあたります。その時代にはジャンヌ・ダルクが有名ですが、このジャンヌ・ダルクを捕えたのが「おひとよしのフィリップ」です。フィリップはそれだけでなくジャンヌ・ダルクイングランドに引き渡してしまうので、ジャンヌ・ダルクのファンの目からみれば、フィリップは善良王や「おひとよし」どころではない、悪役の一人ということになります。
フィリップが善良でなかったかどうかはさておいて、ジャンヌ・ダルクの時代、フランスは内戦状態、北にはイングランド王がフランス王を兼ねるランカスター朝の宮廷がありました。南には本来はフランス王であるはずが、王位継承権を否定されてパリを追い出された王太子シャルルの宮廷がありました。そして東にはイングランドと同盟を結ぶ、このブルゴーニュ家の宮廷があったのです。ですから、ブルゴーニュ家がフランス宮廷の力から離脱して一個の国家を形成する可能性は充分にあったわけです。しかも代々のブルゴーニュ家君主はフランス王国に属さないベルギーやオランダの領地、ついにはドイツの領地までを戦争と婚姻政策によって獲得してきたのでした。だいたいブルゴーニュという土地自体がフランスに属するともドイツに属するとも(多少の無理をすれば)解釈できる曖昧な土地なのでした。ドイツ語ではブルゴーニュはブルグンドになります。ゲルマン民族移動期にゲルマン民族の一派であるブルグンド族がここを占拠したことに、この地名は由来します。(同じような事例としては、ランゴバルト族が占拠したために地名になったイタリアのロンバルディアや、ヴァンダル族に由来するスペインのアンダルシアがあります。) もともとゲルマン系の地名なのです。


・・・・ここまで書いてきて、この本の魅力の1/10も自分が説明できていないことを感じます。私は読むのに苦労したので、それだけ愛着があります。第1章の「ガンの祭壇画」の叙述の仕方には突っ込みをいれたくなります。この第1章があまりにわかりづらいので、ここで挫折する読者が多いのではないかと心配してしまいます。全部読み通したあとでも、その感想は変わりません。フランス中世史によほど詳しくないと、ここの部分で著者が何を伝えたいのか、分からないのではないでしょうか? この突っ込みは、もちろん私のこの本に対する愛情表現ですが・・・

ああ、それにしても2007年10月14日の「ブルゴーニュ家」にも書きましたが、どなたか「(中世)ルクセンブルク家」という本を出して下さらないでしょうか? 誰も書かないならば、私が書く? 私が書けるのはせいぜいWikipediaの引き写しでしかないのですが・・・