とんでもなく役に立つ数学

私はこのブログで数式をいじくっていますが、それがものごとに役立った経験がほとんどありません。いや、ボケ封じとしては役に立っていると思いますが・・・・・。数学を、私の場合は特に待ち行列理論を、役立たせたい、と思いながら、現実の問題を解こうとするとどうしても理論の前提と合わないところが出てきてしまい、その合わないところを何とかしようとしてもなかなかうまくいかない、という経験を何度もしてきています。それで私には「数学って役立つの?」という思いがずっとあります。それでこの本のタイトルを見た時に「本当に『とんでもなく役立つ』ならなんと景気のいい話」と思いました。この本は高校生を相手に(「渋滞学」で有名な)著者が数学の魅力とそれをどのように世の中に役立てていくのかの概要を4日間に渡って講義したものです。


なかなか含蓄のある記述がいくつも出てきます。いい本です。しかし、「とんでもなく役立つ」にこだわっていくと、こんな記述にひっかかってしまいます。

何事もはじめはうまくいかず、試行錯誤を何年かくり返すうちに、ひょいと答えにたどりつけるようになるものです。私はだいたい300回ぐらい失敗すると1回ぐらいうまくいく

「とんでもなく役立つ」といってもすぐに役立つわけではないのですね。「300回ぐらい失敗」して何年も費やすのですね。やっぱりそうか。というわけで現実の世界に役立たせるには粘り強さが必要なようです。そういえばこんな記述もあります。

でも、今日までの道のりは長く険しいものでした。私が渋滞の研究をはじめたのは15年ぐらい前からですが、まわりの反応は冷たかったですね。渋滞というと、コテコテの現実じゃないですか。そういうの、まわりの数学者や物理学者には嫌われるんですよ。学会で最初に発表したときは、聴衆ゼロだった(笑)。
――ええ!
 泣きましたよ。誰も注目してくれない。でも、最低7年はつづけてやろうと思っていましたし、自分を信じていました。そして、絶対に渋滞研究は注目されると確信していました。なぜなら世界中で困っている問題だからです。

まわりから注目されなくても15年もやっていたのですね。これは励みになります。あと、役に立ったと思った箇所

数学は、まさに最上流に位置する湧水のようなものです。
 その湧水をいろいろな要素と結びつけて、より現実的に育てていくものが物理で、さらにその実際の応用を意識した研究が工学。それが社会に流れていき、私たちの社会にたどりつくのです。(中略)
 ところで、この川の流れの中にある数学、物理、工学、実社会には、それぞれ壁があります。
 まず、数学者と物理学者の間には、文化の違いがある。(中略)
 さらに、物理から工学の間にも溝が横たわっていて、それぞれ頭の使い方が違います。物理など理学系の人は、「なぜこうなるか(WHY)」という原理を明らかにするところに興味を持っています。それに対して現実社会と関わりの深い工学では、問題が先にある場合が多く、「どうすれば解決するのか(HOW)」という具体的なアイディアを考えることが重要な仕事です。
 最後の工学と実社会にも、もちろん壁があります。当たり前ですが、いくらすごい研究でも、社会のニーズがなければ注目されない。(中略)
 数学から実社会へのループをまわすためには、こうした溝を越えていく、懸け橋になる人が必要になります。

激しく同意。こういう懸け橋になりたい。

非線形には、ふたつのものがあって、ひとつがきちんと解けない「カオス」。もうひとちが、ちゃんと解ける「ソリトン」というものです。ソリトンとは、崩れない波のかたまりのようなものを指すのですが(中略)

ソリトンについては名前を聞きますが、どういうものか知らなかったので、これで何となく分かった気になりました。

渋滞学では、物理学の手法をたくさん取り入れていますが、その中で主要なひとつが「相転移」という考え方です。相転移というのは、ある相が、別の相に移る現象のことで、相というのは、固相(固体)、液相(液体)、気相(気体)と3つあります。すべての物質には3つの相があり、それが温度によって変わる。
(中略)相転移は急に起こる現象なのですが、これが実は渋滞が起こる現象と似ているのです。(中略)
 渋滞という現象全体を、ちょっと引いて大ざっぱに捉えてみると、「流れているか/止まっているか」ですね。その状態の変化を相転移と見ると、これまで使われていなかった物理や数学の武器が使えるようになってきます。そして、いつその流れが変化するか、という渋滞になる瞬間を精密に捉えることが可能になる。そうすれば、渋滞緩和の対策も早めに手が打てるようになるのです。

私は大学では物理を学んだのですが、まじめに勉強してこなかったから相転移の式とかは知りません。でも、何か心惹かれる記述です。そして疑問に思うことがいくつかあります。その疑問は今後の宿題にしたいと思います。