マカロック・ピッツのモデル(3)

マカロック・ピッツのモデルはニューロンの動作を単純化し過ぎている、という批判があるかもしれない。しかし、このモデルで記述されたニューロンを組み合わせると、通常の論理式は全て表現可能であることをマカロックとピッツの論文「神経活動に内在する観念の論理計算(A Logical Calculus of the Ideas Immanent in Nervous Activity)」は示した。この論文は1943年に発表され、当時は世の中に大規模なコンピュータがまだ存在しなかったため、この論文ではコンピュータを引合いに出していない(ENIACの完成は1946年)。しかし、ニューロン論理回路に等価であるならば、コンピュータは論理回路が大規模に組合せられて出来たものであるから、マカロック・ピッツのモデルのニューロンを組み合わせれば、少なくともコンピュータと同等のことを(速度は別にして)行うものが作れる。この単純なモデルからコンピュータのような複雑なものを構成出来る、ということが一つのポイントである。


そうすると、このモデルと現実のニューロンの動作上の差異には一旦目をつぶって、このモデルを基礎に人間の脳のモデルを構成することで、人間の脳の仕組みを解明できないか、という見通しが生まれる。ニューラルネットワークの研究はこのような見通しから始まった、と私は想像する。


MOSトランジスタの断面



神経細胞


最初は、脳とコンピュータの類似性が強調された。そこにはノーバート・ウィーナーが大きな役割を果たしている。1944年頃からフォン・ノイマンもその影響を受けて同じように考えた。1945年のフォン・ノイマンEDVACに関する第一草稿にもその影響は見てとれるし(「EDVACに関する第一草稿(First Draft of a Report on the EDVAC) 4.素子、同期、ニューロンのアナロジー (フォン・ノイマン著)」参照)、1948年のヒクソン・シンポジウムでの講演「オートマトンの一般的かつ論理的理論」にもその影響は表れている。それは、まだ、コンピュータというものが目新しくて、その能力に驚くことのほうが大きくて、コンピュータが人間とどれほど異質なものであるか、ということへの認識が少なかったからだと思う。


しかし、それほど時を置かずに、コンピュータが非常に固定的で、いわゆる機械的、杓子定規であって、人間の持つ柔軟さを持っていないことが判明した。コンピュータには、遂行すべき内容を事細かにプログラムに書いてやらねばならないし、物事がうまくいかなかった場合の対処方法も微にいり細に入り指定しなければならない。ましてや人間の使う(あいまいな)自然言語を理解することが出来ない。それとは対照的に人間の場合、物事を学習することが出来るし、あいまいな自然言語も、その背景となる文脈を考慮して理解できる。それに脳の構成はコンピュータの構成とはかなり違う。脳には、コンピュータのようにCPUとメモリがきちんと分かれているようには見えない。脳のどこかの部位にプログラムが格納されているようにも見えない。


そこで、まず、マカロック・ピッツのモデルを使って学習という現象を説明することが出来るか、ということが目標になった。