学習と記憶は密接な関係がある。ノーバート・ウィーナーは1948年の「サイバネティックス」において人間の記憶の仕組みと、機械(=この場合はコンピュータ)が学習能力を持つかどうかについて議論を展開している。なお、この頃、ウィーナーはマカロックやピッツと密接に連絡を取り合っている。ウィーナーの主著「サイバネティックス」は副題が「動物と機械における制御と通信」というもので、制御と通信の観点からみた動物(特に人間)と機械の類似性がこの本の主題になっている。この本の第5章「計算機と神経系」では、コンピュータと人間の脳の比較が行われている。この章で、ウィーナーは人間の記憶と、コンピュータにおける情報の記憶方法をいろいろ考察したあとに、こう述べている。
・・・ある種の蓄積要素は永久的な変化の形で、通報を蓄積することができる。この情報を系に再び挿入するときには、系を流れている通報に、この変化が影響を及ぼすようにする必要がある。これを最もかんたんに行う方法の一つは、ふだんは通報の伝達に役立ち、しかも蓄積による状態変化が、ずっと将来にわたって通報の伝達のしかたに影響を与えるようなものを、蓄積要素としてもつことである。神経系ではニューロンとシナップスがこの種の蓄積要素であるが、情報は、ニューロンの閾値が長期間変化すること、あるいは同じことの別のいいかたにすぎないかもしれないが、通報のシナップスに対する透過率(permeability)が変化することによって貯えられるというのはありそうなことである。
ノーバート・ウィーナー「サイバネティックス」の「第5章 計算機と神経系」より
ウィーナー サイバネティックス――動物と機械における制御と通信 (岩波文庫)
- 作者: ノーバート・ウィーナー,池原止戈夫,彌永昌吉,室賀三郎,戸田巌
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2011/06/17
- メディア: 文庫
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つまり、人間(動物)の記憶の仕組みとして、マカロック・ピッツ・モデル
の、しきい値やシナプス荷重の変化が記憶の仕組みではないか、という仮説をウィーナーは提示している。これは当時、ウィーナーだけでなく多くの人が考えていたことだろう。そして同じ章でウィーナーは、
機械は、人間のもっともすぐれた性質、すなわち学習能力を・・・もっているだろうか?
と問う。彼の結論はもちろん「持っている」である。彼はそのことをパヴロフの条件反射についての彼の考察から理由づけている。
パヴロフの観察した動物の反応は、過程を成功にもってゆくように、また破滅状態(catastrophe)を避けるようにはたらく。唾液を出すことは、嚥下と消化にとって重要な意義をもっており、また苦痛と感ぜられる刺戟を避けることは、動物の身体を傷害から保護することになる。このように条件反射には感情の調子(affective tone)とも呼ぶべき何物かがはいってくる。(中略)感情の調子が増加するときは、そのとき神経系に起こっているすべての過程に対して、相当期間あるいは恒久的に好条件を与え、これらの神経過程はさらに感情の調子を増加させる二次的能力を与えられる。また感情の調子が減少するときは、そのとき起こっているすべての過程が抑圧される傾向にあり、その過程はさらに感情の調子を減少させる二次的能力を与えられるのである。(中略)
感情の調子の機構がそれ自体、フィードバック機構であることに注目してほしい。(中略)
・・・もしわれわれがこの機構、あるいはこれに類似の機構を仮定すれば、それについていろいろな興味あることがいえる。その一つは、この機構が学習能力をもつということである。
つまり、学習とは感情の調子に従って上記のやを修正することだというのである。では、どのようにやを修正すればよいのだろうか? しかもやは1つのニューロン毎に定義され、脳には膨大な数のニューロンが存在するので、それぞれのニューロンに対する修正方法を見出さなければならない。