李鴻章 岡本隆司著

国史の専門家ということのためか、叙述に漢語がやや多い感じがしました。私は読んでいて勝手に著者は年配の方だと思い込んでいたのですが、実は私よりも若い方でした。それに気づいたのは「あとがき」を読んでいる時です。

 相手(=李鴻章)は四十年間、中国政治の第一線に立ち続けた巨人、当方は知命にもならぬ駆け出しの非才とくれば・・・

「えっ? 知命といえば50歳?」と思って著者略歴をみたら1965年生まれとのこと。叙述からは大家の書いた文章を感じていました。


李鴻章本人だけでなく時代背景もよく書かれていて、読んでいて「おお、そうだったのか」と思い当たる点がいくつかありました。

そもそも清朝政府は民間の経済活動にほとんど介入しようとしなかった。貨幣はその典型で、通貨管理のない銀地金と銅銭の使用であったし、生産・流通に対しても、保護・規制の施策はないにひとしい。それでも財産の保護、契約の履行がなくては、経済活動がなりたたない。権力からそうした保証が十分に受けられなければ、民間は独自にそのしくみをつくりあげるほかない。
そこで当事者どうしで結束し、ルールを定めて財産を保護し、約束履行を保証して、違背した者には制裁を加えることのできる団体を結成した。これを幇・行・会といい、一種の同郷同業団体であるが、同姓の集団たる宗族もその一つに数えてよい。・・・・その構成員からみれば、こうした中間団体こそ権力にひとしい。

という記述もそのひとつです。私は最近、Wikipedia辛亥革命の項を読んでいて、あまり計画的でない武昌起義のあと、各省が次々と清朝を離脱して革命派に寝返っていくのが不思議だったのですが、中国では中間層が分厚いのだ理解して腑に落ちました。


李鴻章という人物についても、同時代の日本(明治維新を成し遂げ、日清戦争に勝つまでの日本)との対比についても、いろいろ考えさせられました。