ラビュリントイオ・ポトニア(迷宮の女主人)(5)
複雑な迷宮の中に怪物がいる。そのイメージは10代だった頃の私の頭の中に大きな座を占めていました。後年それは、ソフトウェアという論理の迷宮の中に潜んでいるとんでもないもの、というイメージにも変化していきました。また、やはり10代の頃だと思うのですが、家にあった百科事典の「パブロ・ピカソ」の項目でピカソの作品として出ていた写真の中のひとつに「ミノタウロマキアー(ギリシア語で「ミノタウロス戦争」の意味)」というエッチング画があったのですが、その画のイメージも私の頭の中では混ざっています。
ところで、この迷宮の女主人という言葉が書かれていた粘土板が見つかったのはクレタ島のクノッソス宮殿ですが、この宮殿*1自体が迷宮のような複雑な構造を持っています。「ラビュリントイオ・ポトニア(迷宮の女主人)(4)」で概要をご紹介したミノタウロスの伝説にある迷宮は、この宮殿(あるいは神殿なのか?)のことではないか、という説もあります。その迷宮の「女主人」というのは何なのでしょうか? Potniaという言葉は通常、女神に与える称号なので、粘土板に書かれた迷宮の女主人は、なんらかの女神を指しているのに違いありません。その正体は何なのか私は非常に興味があります。
ミノタウロスの伝説に即して考えれば、ミノタウロスの母パーシパエーや、テーセウスを助けるアリアドネーが、その正体なのかとも思います。呉茂一氏によれば、パーシパエーとは「すべてに輝く」、アリアドネーとは「とりわけて潔(きよ)らかに聖(とうと)い娘」、という意味だそうです。
今回、英語版のWikipediaでPotniaの項目を読んでいたら、迷宮の女主人に関する情報が少し書かれていました。
カール・ケレーニイはコレーを、ミノア時代のクレタ島のクノッソス宮殿をたぶん主催していたであろう、名を明かされない「迷宮の女主人」と同じであると考えている。
クノッソス出土の銘文は「迷宮のポトニア」(迷宮の女主人)に言及しており、彼女はたぶんクノッソス宮殿を主催していた(da-pu2-ri-to-jo,po-ti-ni-ja)
カール・ケレーニイはペルセポネーを名前の知られない「迷宮の女主人」(迷宮のポトニア)と同一と考えている。
コレーとは、ギリシア神話での冥界の王ハーデースの妃であるペルセポネーの別名です。迷宮の女神は冥界の女神なのでしょうか? すると迷宮とは冥界を象徴的に表しているのでしょうか? このあたり神話学者カール・ケレーニイがどのようなことを考えていたのか、知りたいところです。
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古典時代のギリシア人がポトニアイ(ポトニアの複数形)の名で思い浮かべたのは、デーメーテールと、その娘であり、冥界の女王となったペルセポネーであった。これはとりもなおさず、ギリシア先住民族の地母神崇拝が形を変えて古典時代まで受け継がれたことを示している。
話がアイギナ島の女神アパイアーのことから、すっかりクレタ島に移ってしまいましたが、これはアパイアーとも無関係ではありません。「ラビュリントイオ・ポトニア(迷宮の女主人)(1)」で引用したWikipediaの「アパイアー」の項にはこう書かれていました。
クレータ島の女神であるブリトマルティス(古希: Βριτομαρτις, Britomartis, クレータ語で「甘美な乙女 Sweet Maiden」の意)が、クレータにあって、ミーノース王等に追われ、後にアイギーナ島に遁れて、そこでアルテミス女神の庇護のもと、アパイアーの名で崇拝されたと古代のギリシアの詩人や歴史家が記している。
アパイアーはクレタ島からやってきた女神なのでした。そしてその女神はポトニアの称号を持っていました。とすれば、アパイアーは、「迷宮の女主人」の属性をいくらか帯びていたのかもしれません。アパイアーの名前が「姿を消す女神」と解されたのは(「アパイアー―Wikipedia」参照)、迷宮の中へ姿を消したからなのかもしれません。
*1:最近ではこのクノッソスの遺跡を宮殿とみることに疑義が出ているらしいです。ここが発掘されたのは今から100年以上前の1900年で、その頃には現在の意味での厳密な復元という意識はなく、復元にかなり創作が混じったらしいのです。