ラビュリントイオ・ポトニア(迷宮の女主人)(8)

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デーモポーンの乳母となった女神デーメーテールは、夜の間にデーモポーンを火の中に入れていました。これを繰り返しているうちに、彼の身は不老不死になるはずだったのでした。しかし、ある夜、母親のメタネイラがその光景を見て悲鳴をあげてしまい、このことにデーメーテールは憤り、デーモポーンを不死の身にすることは出来なくなりました。デーメーテールはメタネイラに向かって話します。

「何も知らぬ人間どもよ、迫りくる良き定めも、悪しき定めも見通せぬ愚かな者どもよ。お前もみずからの愚かしさゆえに、このうえなく心乱したのだ。神々がけっして曲がらぬ誓いをたてるスクテュスの水も知るがよい。お前の息子を永久に不老不死なる身と化し、けっして朽ちぬ誉れを授けようとしていたのだ。
 こうなっては、もはや死と滅びを避ける術(すべ)はない。だが、我が膝に乗り、我が腕の中でまどろんだからには、けっして朽ちぬ誉れは彼のものとなるだろう。


 私こそは誉れ高いデーメーテール、不死なる神々にも死すべき人間にも、このうえない助けとなり、喜びを与える神である。

こう言うと、女神は老いの皮を脱ぎ捨てて、姿も背丈も変えた。あたり一面に美しさが湧きあがった。香にけむる衣は心とろかす匂いをまきちらし、不死なる女神の肌は遠く光を輝かし、黄金なす髪が両肩を包んでいた。造りのしっかりした家に稲妻が走る時のように、あたりに光があふれた。


「四つのギリシャ神話――『ホメーロス讃歌』」 岩波文庫 より


デーメーテールはケレオスの屋敷を出ていきました。


その後もデーメーテールは神々の集いから離れて、娘ペルセポネーのことを恋しがっていましたが、とうとう実力行使に出ました。すなわち、自分の権能である植物の成長の力を封じ込めてしまったのでした。このため地上にはいかなる種子も大地から芽ぶくことがありませんでした。そして恐ろしい飢饉がやってきました。神々の王ゼウスはこの事態を憂慮して女神イーリスを遣わしてデーメーテールを呼び出しました。しかしデーメーテールは応じようとしません。ゼウスは手を変え品を変え、様々な名誉や贈り物で何とかデーメーテールをなだめようとしましたが、デーメーテールは頑として応じません。とうとうゼウスは折れて、ペルセポネーを冥界から連れ戻し、母親の前に連れてくることにしました。そして使いの神ヘルメースを冥界のハーデースのもとに遣わして、ペルセポネーを戻すように命じました。

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ハーデースはゼウスの命にすなおに従ったようでした。ペルセポネーに、デーメーテールのところへ行くことを許しました。しかしハーデースは、喜ぶペルセポネーに、そっと甘いざくろの実を食べさせました。実は、冥界の食べ物を食べると冥界に戻らなくてはならなくなるからでした。


ヘルメースに連れられてペルセポネーはデーメーテールの元に返りました。デーメーテールはペルセポネーの姿を認めると、狂ったように走りより、ペルセポネーを抱き、二人は再会を喜びました。しかし、神としてデーメーテールはすぐにハーデースが策略を用いたことを感じ取って胸騒ぎを覚えました。


「我が子よ、よもや冥界の食べ物を摂ったのではないだろうね。もし食べていなければおまえは冥界から離れて、私とゼウスのもとで不死なる神々のすべてに尊ばれて暮らすことになろう。だがもし、食べ物を食べたのならまた冥界に戻らなければならないだろう。」


ゼウスは、ペルセポネーは1年のうち1/3を冥界で過ごし、2/3は天上で過ごすように、という決定を下し、それを女神レアーに伝えさせました。女神レアーはデーメーテールの元へ向かいました。

 この地に女神レアーが、実りをもたらさぬ高空からまず降りたつと、どちらも互いの姿を認めて喜び、心弾ませた。そして、つややかな髪覆いのレアーはこう話しかけた。
 「さあ我が子よ、雷鳴轟き眼光遠く及ぶゼウスがお呼びです。神々の一族のもとへおいでなさい。ゼウスは不死なる神々の中で望むかぎりの誉れを得させることを請けあい、娘には、巡りゆく年を三つに分けた一季は、暗く霞む冥界に充てられるものの、残る二季はそなたや他の不死なる神々とともに暮らしてよいと認めました。
 この決定を約束しみずからの頭で同意を示しておいでです。だからさあ我が子よ、勧めを聞きいれ、行きなさい。黒雲まとうクロノスの御子ゼウスと、あまり際限なく事を構えてはなりません。人間たちの暮らしを支える実りを、直ちに生え出させなさい。」
 こう言うと、見事な冠のデーメーテールはそれに従い、直ちに肥沃な畑から実りを萌え出させた。
 広い大地には葉と花が一面に咲きほこった。


「四つのギリシャ神話――『ホメーロス讃歌』」 岩波文庫 より


デーメーテールとペルセポネーの物語はだいたいこれで終わりです。


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このデーメーテール讃歌の最後近くの部分は、エレウシースの秘儀の由来を語る話になっています。

すると女神は法の守り手たる王たちのところへ行って、トリプトレモスと馬を駆けるディオクレースと力優れたエウモルポスと人々の導き手ケレオスに、祭儀の執り行い方を教え、またトリプトレモスとポリュクセイノスと、加えてディオクレースの一同に、秘儀を明かした。これは、聴くことも語ることも許されぬ、侵すべからざる神聖な秘儀であり、神々に対する大いなる畏(おそ)れが声を閉じこめてしまう。
 幸いなるかな、大地に住まう人間の中でこの秘儀を目にした者よ。参入を許されず、祭儀に与(あず)かれぬ者が、死して後、闇覆う冥界で同じ定めに与かるべくもない。


「四つのギリシャ神話――『ホメーロス讃歌』」 岩波文庫 より