「脳・心・人工知能」 甘利俊一著 へのメモ書き

古代エジプトのことでエントリーを書き始めたら、別の興味の「いい本」に出会ってしまったために、今はそちらを読んでいます。そのため、古代エジプトのほうはしばらくお休みです。
さて、出合った本は「『脳・心・人工知能』 甘利俊一著」

です。一般書の体裁ですが、ハッとさせられる箇所がいくつも出てきます。私としては、ニューラルネットの歴史の叙述を(私が偏愛する)ノーバート・ウィーナーから初めているところがうれしいです。

(ウィーナーは)1940年代、生理学者ローゼンブルースとともに、大脳皮質の興奮の仕組み、興奮の伝搬と持続のメカニズムを考えた。これは、心臓の収縮と弛緩が持続的に起こる仕組みとも共通している。
 彼が考えたメカニズムはこうだ。大脳皮質や心臓の膜は興奮と静止の2つの状態を取り、興奮は近辺に伝搬する。刺激によってある場所が一度興奮すると、やがて興奮が止まり、その後しばらくは別の刺激には反応しない不応の時期が続く。このような2次元の膜(皮質)では、興奮が生ずると、それが終わってもまた周囲の影響で興奮が起こり、それが自己再生的に繰り返される。神経場の興奮の自己再生と伝搬である。興奮伝搬と抑制の2つの機構だけで、これだけのことが説明できるのだ。


「『脳・心・人工知能』 甘利俊一著」の「第3章 『理論』で脳はどう考えられてきたのか」の「脳の理論、その前史」より


今までウィーナーの「サイバネティックス」を読んでいて、下記の箇所について、もう少し内容を知りたいと長年思っていながら、その解説に出会わずにいましたが、これでやっと知ることが出来ました。

1945年の春になって私はメキシコ数学会からその年の6月ワダラハーラ(Guadalajara)に開かれることになっていた学会に出席するよう招待をうけた。(中略)
 私はそのときメキシコに約10週間滞在した。ローゼンブリュート博士と私とは、キャノン博士ともすでに討議してあった一連の研究をつづけることになった。キャノン博士はその当時ローゼンブリュート博士の許に滞在していたが、不幸にしてそれが最後となってしまった。この研究は、一方においては癲癇の強直(強縮)性(tonic)、間代性(clonic)および単相性(phasic)の収縮と、他方においては心臓の強直性痙攣、搏動、震顫のあいだの関係を調べてみることであった。心臓筋肉は鋭敏な組織であって、神経組織と同様に伝道機構の研究に役立つものであり、さらに心臓の筋肉繊維の吻合(anastomoses)と十字交叉(dexussations)とは、神経シナップスの問題よりも現象としては単純であるとわれわれは考えた。(中略)
 われわれの研究は二つの方向をとった。すなわち、二次元あるいはそれ以上の次元をもつ均一な伝導媒質における伝道度と遅延(latency)の研究、もう一つは伝導遷移の不規則な網状組織の統計的研究である。前者から心臓の搏動の基礎理論が導かれ、後者は震顫を理解するためのいくらかの助けとなった。この両面の研究をわれわれはとりまとめて発表した*1。われわれの初期の研究結果は相当の補足を要することがわかったが、心臓搏動の方の研究はマサチューセッツ工科大学のセルフリッジ(Oliver G. Selfridge)氏によって修正されつつあり、心臓の筋肉をの網状組織の研究に用いた統計的方法は、現在ジョーン=サイモン=グッゲンハイム(John Simon Guggenheim)財団の特別研究員となっているウォルター=ピッツ氏により拡張されて、ニューロン網を取扱うこともできるようになった。


サイバネティックス」の「序章」より

サイバネティックス―動物と機械における制御と通信 (1962年)

サイバネティックス―動物と機械における制御と通信 (1962年)


この話題については、この本の別の箇所にも記述があります。

 興奮性の要素と抑制性の要素が並んだ一様な場でどんなパターンが生じ、それがどう発展していくかは、生命科学の理論として広く興味を持たれていた。前に述べたウィーナーとローゼンブルースの心臓の興奮波もそうである。
 発生もその1つで、1個の受精卵から出発して、一様な卵から種々の形態が生ずる形態形成の仕組みを、イギリスが誇る数学者で人工知能の父チューリング(コンピュータの父でもある)が考察している。
 多く研究されているのは反応拡散系で、興奮と抑制が非線形で作用するとともに、拡散を通じで興奮が近くへ伝わっていく。神経場は、拡散ではなくて神経結合で軸索を伸ばすことで興奮が伝わるため、反応拡散系よりももっと豊富な内容のパターン形成のダイナミクスを持っている。軸索がごく近くにしか伸びていない場合は、反応拡散系と同じになる。


「『脳・心・人工知能』 甘利俊一著」の「第4章 数理で脳を紐解く(1):神経興奮の力学と情報処理の仕組み」の「神経場の興奮力学」より

上の引用で太字にしたのは私です。ちょっと、納得がいったので太字にしました。この記述から察するに、ウィーナーとローゼンブリュートの心臓の興奮波の理論が、甘利先生の神経場の理論の土台になっているようで、この点も興味深いです。

*1:Wiener,N., and A. Rosenblueth, "The Mathematical Formulation of the Problem of Conduction of Impulses in a Network of Connected Excitable Elements, Specifically in Cardiac Muscle", Arch. Inst. Cardiol, Méx, 16, 205〜265 (1946)