部分のリードタイム短縮がなぜ全体のリードタイム短縮につながらないのか?

第3章 最適化 (1)で述べた疑問

  • どうして製造前プロセスのリードタイムが二週間短縮できたのに、それが全体のリードタイムの短縮につながらなかったのでしょうか?

に対する答はこの本には曖昧にしか書かれていません。先に引用した箇所

そのプレゼンテーションを聞いて、なるほど、どうして結果が出せなかったのか、合点がいったのです。要するに製造前プロセスは二週間短縮できたわけですが、結局、製造工程への原材料の投入が二週間早まったにすぎなかった。つまり、単に製造現場が抱える作業が八週間分から一○週間分に増えたにすぎないということです。

がそうです。これに対する私なりの答を、今まで私がFactory Physicsで学んだことをもとに述べたいと思います。なお、この本で言っているリードタイムという言葉は、Factory Physicsで言っているサイクルタイムと同じ意味だと思います。
まず、製造前プロセスのリードタイムが2週間短縮できたのですから、仮にERP導入前の製造前プロセスのリードタイムが3週間であったとします(下図の黒線)。それがERP導入後1週間に改善されたとします(下図の赤線)。

なおジョブは1週間に2個の割合で製造前プロセスに投入されるとします。そして、製造前プロセスが完了するとジョブはすぐに工場に投入されるとします。すると上の図から分かることは、改善がなされてしばらくの間(この図では2週間)工場に投入される1週間あたりのジョブ数が増えているということです。
一方、工場のスループットについては改善策を打っていないのですから、もし工場内にボトルネックがあり、それが全体のスループットを決定しているとしたならば、工場から1週間あたりに出て行くジョブ数は変わらないままになります。よって、ERPを導入したことにより工場内のWIPが増加します。リトルの法則により

となって、工場のTATは長くなることが分かります。では、どのくらい長くなるのでしょうか? これを考えるには、製造前プロセスと工場をひとまとめにして考えた方が分かり易いと思います。そうすると、リトルの法則により

であり、さらに全体のスループットは変わりません(ボトルネックである工場のほうには何ら改善がなされていないから)。そして全体のWIPは変わりません(なぜならERPを導入する前も導入したあとも1週間あたりの投入ジョブ数は変わらないし、工場から出て行く1週間あたりのジョブ数も変わらないからです)。よって全体のサイクルタイムは変わらない、ということになります。これが

  • 部分のリードタイム短縮が全体のリードタイム短縮につながらない

理由だったというわけです。

要するに製造前プロセスは二週間短縮できたわけですが、結局、製造工程への原材料の投入が二週間早まったにすぎなかった。つまり、単に製造現場が抱える作業が八週間分から一○週間分に増えたにすぎないということです。

と言っているのは、このことだと考えます。
ここで重要だと思えるポイントは

という点だと思います。TOCボトルネックに改善を集中させるべきと主張するのもなるほどと思います。そしてこの本(チェンジ・ザ・ルール)が記述を省略している点だとも思います。おそらくは、この点は

ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か

ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か

を読んでいる読者なら分かるだろう、というのが著者のスタンスなのでしょう。
では、TOCを導入したら本当に全体のサイクルタイムが減るのでしょうか? 私はこの本(チェンジ・ザ・ルール)ではこの説明も省略されているような気がします。TOCでは、ボトルネックでのジョブの処理スピードに合わせて工場にジョブを投入することを主張するのですが、これを行うと、下図のようになります。

すると、製造前プロセスのリードタイムが改善されてからは、製造前プロセスを完了したジョブは、工場に投入される前にしばらく待つことになります(上図の赤点線)。よって、全体のリードタイムは、先に述べた製造前プロセスと工場を全体として考えたリトルの法則から変わらないことが分かります。さらにリードタイムを短縮するには、WIPを減らす必要があることも分かります。どうしたらWIPを減らすことが出来るでしょうか? それは、下図のように、製造前プロセスのリードタイムの短縮分だけ、注文を受けるのを止めることによって出来ます。

こうすれば、全体のリードタイムは改善されます。しかし、この場合、ある期間、注文を受けるのを止めるわけですから、これが経営上許されることなのかどうか心配になります。おそらく、この本の著者はこれを想定しているわけではないでしょう。そこで、私が想像した筋道は、

という筋道です。一定期間、注文受取りを中止するのではなく下図のように運用し、

その結果しばらくは、工場前でジョブは溜まっていたのですが、今度は工場のスループットが上がったので、やがてこれらの待ちは解消されていった、というのが私の推測する筋道です。
以上、私なりにチェンジ・ザ・ルールの記述の補足をして見ました。まとめてみますと、

というTOCの主張の再確認になります。

第3章 最適化(2)につづく。