「生」と「死」のウィーン
「生」と「死」のウィーン―世紀末を生きる都市(まち) (講談社現代新書)
- 作者: ロート美恵
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1991/03
- メディア: 新書
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セレモニーをとりしきるドクター・ハフナーは銀のつかで、硬く閉ざされた鉄門をたたく。すると中からは、厳かに尋ねる声がする。「入場を求むる汝の名は」。その問いに答えて、故皇后の称号が延々と述べられた。
「ベーメン・ダルマチア・クロアチア・スロベニア・ロドメニア・イリリア・エルサレム女王。オーストリア・トスカーナ・クラカウ・ジーベンブルゲン大公妃。ロートリンゲン・ザルツブルク・シュタイヤー・ケルンテン・クライン・ブコビナ伯爵夫人。メーレン辺境伯夫人。上および下シュレージエン・モデナ・パルマ・ピアチェンツァ・グアスタラ・アウシュビッツとズァトア・テッシェン・フリアル・ラグーサ・ツァラ大公妃。ハプスブルグ・チロル・キーブルク・ゴッツ・グラディスカ・トリエント・ブリクセン・上および下ラウジッツ・ストリアン・ホーエンエムス・フェルトキルヒ・ブレゲンツ・ゾネンベルク伯爵夫人。トリエステ・カタロ・ウィンディッシェンマルク・セルビア・ブルボン王朝パルマ王女。貴族星十字勲章教団・エリザベス教団・ブルン地方マリアシュール自由世界貴族尼修道院・インスブルック貴族尼修道院・インスブルック貴族尼修道院会長。帝国第十六大隊軽騎兵部隊隊長。etc」
それに対する門の向こう側の越えは、ただ一言、
「我らはその者を知らぬ」。そしてまた門を叩く音に再び。
「入場を求むる汝の名は」と同じ質問。今度は、
「皇后陛下ツィタであります」と。またしても門の向こう側からはただ、
「我らはその者を知らぬ」という声のみ。そして三度目の試みがなされる。
「入場を求むる汝の名は」。その問いに一言、
「死せる罪深き民、ツィタであります」。
この言葉をもって初めて、固く閉ざされていたカプツィーナ教会の鉄門がおもむろに開かれるのである。
この儀式はこれが最後であり、今後はハプスブルク家の者といえどもここに葬られることはないそうです。