「サイバネティックス」という本の「序章」(2)

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引き続き「サイバネティックス」という本の「序章」の内容を紹介します。
次に書かれているのは、第二次世界大戦中に戦時研究を行ったことです。研究課題は、高射砲で戦闘機を撃墜する効率の向上です。これをウィーナーは、統計に基づく予測の問題として解きます。この研究が、本書の第3章「時系列、情報および通信」の基盤になっていると思われます。

第二次大戦の初期におけるドイツ空軍の優勢と、イギリスの守勢とから、多くの科学者が高射砲の性能向上をはかろうとしていた。戦争前でさえも、航空機の高速化が、従来の対空火器照準法を全く時代おくれなものにしてしまい、火器の制御装置の内部に必要な計算機構一切をくみこむ必要のあることがはっきりわかっていた。しかし、それはきわめて困難なことであった。今まで扱ってきた標的とちがって、飛行機の速度が、それを打ち落とそうとする砲弾の速度にだいぶ近くなってきたからである。したがって、標的に狙いを定めて砲弾を発射するというのではなく、砲弾と標的とが、ある時間後に空中のどこかでぶつかるように発射する必要がある。それで飛行機の、未来の位置を予測する方法を考え出さなければならないこととなった。

次に、その研究のなかで人間の持っているフィードバックという機能が問題になったと述べています。

・・・人間の照準手が、火器制御装置といっしょに、その一部分であるかのように動作する。したがって照準手のはたらきを機械に含めて数学的に扱うためには、照準手の特性を知ることが必要になる。・・・・
 ビゲロウ氏と私とが得た重要な結論は、随意運動においてとくに重要な要素は、制御工学の技術者が’フィードバック’(饋還)とよんでいるものであるということであった。

脇道にそれますが、この邦訳自体が1962年のものであり、訳文自体がかなり時代遅れになっています。このこともこの本の理解を阻害しているように思えます。私が新訳を望む理由です。
さて、ウィーナー、ローゼンブリュート、ビゲロウの3人は、動物の動作におけるフィードバックの重要性について論文(「行動、目的、目的論」)にまとめたということです。

・・・中枢神経系のきわめて特徴的な或る種の機能は、循環する過程としてのみ説明できるものである。この循環する過程は、神経系から発して筋肉にゆき、・・・・感覚器官を通して、再び神経系にもどってくるものである。このことは、神経やシナップス(synapse)の個々の作用のみでなく、神経系全体の機能に関する神経生理学のその方面の分野の研究に一進歩をもたらすものと、われわれには思われたのである。
 われわれ三人は、この新しい見解は、論文とするだけの価値があると思い、まとめ上げて発表した。ローゼンブリュート博士と私とは、この論文が厖大な実験研究の計画を述べるだけにとどまるであろうから、もしわれわれが科学の諸部門にまたがる研究組織を実現できるようになるとすれば、この問題こそわれわれの協同研究の中心課題にうってつけのものであろうと考えた。

ここにサイバネティクスの一つの視線を感じます。それは制御工学で言われているフィードバックという概念で生物の動作の性質の一部を説明しようとする視線です。この部分は本「サイバネティックス」の副題「動物と機械における制御と通信」がピッタリする部分です。そうするとサイバネティクスとは

  • 動物、機械を問わずその中に観測出来るフィードバックに関する科学

と定義できそうです。そしてここの記述の発展が第4章「フィードバックと振動」になります。
しかし、それでしたら、先ほどの「予測」の理論はこれとどのように関係するのでしょうか? 予測の問題とフィードバックの問題は、高射砲の研究という政府から与えられた戦時研究から立ち現れた2つの個別の課題のような気がします。この検討はのちに取り上げることになると思います。
本文に戻りますと、messageという概念が制御工学と通信工学の根底に潜んでいること、messageとは統計学者が時系列と呼んでいるものである、という話が続きます。そして時系列の将来の値の予測、という話題にすぐに戻ってしまいます。予測の理論はある種の統計理論であるとの指摘がなされます。この予測の理論の応用が雑音から通信内容を分離する濾波の理論であり、これが通信工学の発展に寄与したことが記述されます。messageは訳文では通報と訳されていますが、今ならば情報という言葉を使うべきでしょう。
しかし、我々はあまりにもコンピュータの恩恵を受け過ぎているために「情報」というとすぐにデジタルなものを連想してしまいますが、ウィーナーがmessageと言っている中にはアナログなものも含まれています。その後の各章を読むと、彼の頭の中ではむしろアナログのイメージの方が強かったのではないか、ということが想像出来ます。
もう一つ重要そうに見える文章があります。

このようにしてわれわれは、通信工学における設計の問題から、統計力学の一分野と見られる一つの統計的な科学をつくりあげることとなった。

まとめ

  • フィードバック→動物と機械に共通する制御機構→制御工学
  • 時系列→時系列の予測→通信の雑音からの分離→確率論の立場から通信工学を組み立てること
  • 時系列→情報→通信工学
  • 通信→通信を用いて制御のためにフィードバックを形成する。
  • 時系列→統計力学の一分野

今、このようにまとめを書いていて私は、サイバネティクスとは、もともと、医学への応用を目的とした時系列の理論ではなかったか、と思い始めています。

  • そして、時系列の理論というのは現代の言葉で言えば確率過程論です。

「サイバネティックス」という本の「序章」(3)」に続きます。