上位エントリ:サイバネティックス
先行エントリ:「サイバネティックス」という本の「序章」(4)
前回は、ウィーナーの元もとのグループはコンピュータ誕生に関わったグループとは別、ということを書きました。しかし、このグループがコンピュータ誕生と関係なしとも言えない事実があって、それが事態を複雑にしています。それはマッカロとピッツがウィーナーのグループに参加し、以下の論文を発表したという事実です。
- McCulloch, W. S, and W. Pitts, "A logical calculus of the ideas immanent in nervous activity(神経活動に内在する理念の論理的計算)", Bull. Math. Biophys., 5, 115〜133 (1943)
これは現在のニューラルネットワークの基礎になった論文のようです。そして、これは明らかにデジタルな考え方を基礎においており、コンピュータ誕生に一役買ったようにみえます。私にはそれがそれまでのウィーナーの関心(時系列の理論)とは異質のもののように思えます。
さて、マッカロは1942年頃、ウィーナーのグループと接触したようです。
ビゲロウ、ローゼンブリュート、ウィーナーの共同研究の概要が、ジョサイア=メイシー財団の主催で1942年ニューヨークに開かれた神経系の中枢性制止(central inhbition)の問題の会合でローゼンブリュート博士によって発表された。その会合にはイリノイ大学医学部のマッカロ(Warren McCulloch)博士が出席していた。彼は・・・大脳皮質の組織の研究に興味をもっていた。
一方、ピッツについては、以下のように描かれています。
シャノン博士は古典的なブール代数を、電気工学における継電器回路に応用する研究によって、マサチューセッツ工科大学で博士号を得た。テューリング(Turing)は計算機が論理的にどんなことができるかをおそらく一番最初に、知的実験として研究した人であるが・・・・
論理数学の分野からサイバネティックスの研究に転じたもう1人の若い研究者はピッツ(Walter Pitts)である。
ピッツ氏は幸いにもマッカロの影響を受けることになり、2人は、神経線維がシナップスによって結びつけられて系をなし、全体としてある機能特性をもつにいたるまでについての研究を、いち早く取りあげた。
1943年秋、ピッツ氏はマサチューセッツ工科大学にきて、私といっしょに研究し、数学的基礎を固めて、サイバネティックスの研究をすることとなった。もっともその頃この新しい科学は、たしかに生まれてはいたけれども、まだ名前はついていなかったのである。
だから私が最近の真空管の見本を示して、ニューロン系の等価回路を実現するにはこれが理想的なものだと説明したとき、彼(CUSCUS注:ピッツ)はひじょうに興味を感じたようであった。このとき以来、われわれに明らかになったことは、つぎつぎにスイッチの操作を行う超高速計算機が、神経系に生ずる問題をほとんど理想的にあらわす模型となりうるにちがいないということであった。ニューロンの神経興奮の発火は、起るか、まったく起らないかという悉無律に従う性格(all-or-none character)をもつが、これはちょうど2進法で0か1かの数字の一つを、二者択一的に1回えらぶのと同じことである。
サイバネティクスが誕生した1948年当時はニューラルネットワークとコンピュータの相違はあまり意識されず、むしろそれらの両方が本質的にスイッチング動作からなっている(別の言い方をすればブール代数からなっている)という類似性が注目されていました。そして生体内のニューロンの動作もイチ/ゼロの動作、つまりデジタルな動作であると当時は考えられていました。(現在ではもっと複雑であると考えられていると何かの本で読んだことがありますが、私にはあいにくそれを断言出来るだけの知識がありません。「サイバネティックス」という本を現代に再発行するにはそれだけ多方面の専門家の協力が必要です。私はそのような、現代の学問水準から見た「サイバネティックス」の記述内容の評価を知りたいのです。)しかし当時考えられていたようなコンピュータと人間の脳との類似性は、現代ではその頃より低く考えられているようです。
さて、このようにウィーナー・グループに途中から参加したマッカロとピッツがニューロンの動作をモデル化し、それによる2進法による論理計算の実現可能性を明らかにしたため、このグループもコンピュータの誕生に若干寄与したかもしれません。このあたりを解明するにはもっと歴史を調べないといけないようです。
さて、ウィーナーが「序文」のこの箇所で述べた内容は「第5章 計算機と神経系」で展開されています。今になって気付いたのですが、この「序文」は「サイバネティックス」の第3章から第8章までの流れを事前に述べている構造になっています。次は「第6章 ゲシュタルトと普遍的概念」に関する話になります。これは今の言葉でいうとパターン認識です。「「サイバネティックス」という本の「序章」(6)」に続きます。