「サイバネティックス」という本の「序章」(7)

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「サイバネティックス」という本の序章は紆余曲折しながら最後には、情報という(1948年当時では新しい)観点が心理学や社会科学にも影響を与えることを論じています。

1946年春、マッカロ博士はジョサイア=メイシー財団と打ち合わせて、フィードバックの問題に関する一連の会合の第1回をニューヨークで開催する準備を整えた。これらの会合は財団を代理するフランク=フレモント=スミス(Frank Fremont-Smith)博士によって組織され・・・・。われわれの会合の中核は1944年にプリンストンに集まった連中であったが、マッカロ博士とフレモント=スミス博士とは、この領域が心理学や社会学にも密接な関係のあることを見抜き、数名の一流の心理学者・社会学者・人類学者を推薦してグループに参加させた。・・・・・神経系を研究するものは、人間の心理を無視できないし、心理を研究するものは神経系を無視し得ない。

・・・・・・・メイシーの会合で考えられたことから提示された研究の方向の一つは、社会組織における通信の概念と技術との重要性に関するものである。社会組織も、個人の場合と同様に確かに、通信系によって結びつけられた一つの組織であり、フィードバックの性質をもった循環過程を主体とする一種の力学によって支配されている。これは人類学と社会学の両分野一般についても、経済のもっと特殊な分野についてもいえることであり、フォン=ノイマンとモルゲンステルンの既述のゲームの理論のようなひじょうに重要な研究も、このような思想の範囲にはいるのである。この見地からベイトスン博士とマーガレット=ミード博士は、現代のような混乱時代では社会的・経済的問題がひじょうに緊迫しているから、サイバネティックスのこの面の討論に精力をもっと集中するようにと私に要請した。

ここで「サイバネティックスのこの面」と言っているのは具体的にはどんなことなのでしょうか? 記述されていないので私の推測なのですが、おそらく社会組織内部の通信のあり方とそれによってどのようなフィードバックが実現され、何らかの社会的目的の実現をそのフィードバックによってどの程度達成するか、また、そのフィードバックが社会に安定性をもたらすのかどうか、などの研究ではないかと思います。
しかしウィーナーはサイバネティクスの社会科学への応用に対して懐疑的です。

私がこの方面の問題を真先にとりあげるべきであるとする彼らの考えかたには賛成できない。また現在の社会の病状に相当な治療効果が得られるほどこの方面の進歩が期待できるとも私には思われない。

その理由は、社会科学は、自然科学ほど正確な統計的データを得ることが出来ないから、というものです。長年に渡る統計データは、その間に社会状況が大きく変わってしまい、見た目ほど意味のあるデータではないし、短期の統計データは正確な推測にはデータ量が不足している、という点と、もうひとつは、観測者自身がその社会に影響を与え得るから、という2点の理由をあげています。


そこから話が飛んで、最後は自動工場の実現可能性と、それによって大量の失業が発生し、社会がより悪くなる可能性を危惧する文章が続いて、この長い序章は完了します。「「サイバネティックス」という本の「序章」(8)」に続きます。