木本祭(このもとさい)とラタ

木本祭というのは、伊勢神宮遷宮(20年に一度、神宮の建物を全て建て直す儀式)に関連する一連の儀式の最初の方に位置する儀式です。私はいつかテレビでその様子を見たことがあると記憶していたのですが、どうもそれは木本祭ではなく山口祭(やまぐちさい)の様子だったようです。木本祭は、正殿床下にある心の御柱(しんのみはしら)という神聖な柱にするための木を伐採するにあたり、その木の本に坐す神を祭る祭です。深夜に行われ、その儀式の内容は一般には明らかになっていません。(私がテレビで見たのは日中の儀式でした。) 木を伐採する前に神様の許しを得る、という考え方が何となく好ましく感じました。
ここからは私の空想ですが、この儀式の背景にはポリネシア人たちに伝わる以下の神話に類似した神話があったのではないか、と思いました。


ラタはポリネシア神話に登場する英雄のひとりで、彼の物語は島々によってさまざまな異伝があります。しかし共通するところは、自分の父親の仇を討つために、あるいは父親を助けるために、あるいは父親の骨を取り戻すために、海の中に行かなければならない、そのために大勢の兵士を乗せることが出来る大きなカヌーがいる、というところです。
ラタは森に行って立派な木(トタラという種類の木)を見出し、それをカヌーにするために切り倒そうとします。しかし、その際、森の神タネに捧げるべき呪歌を歌うのを不注意にも忘れてしまったかあるいは面倒だったために歌わなかったのか、とにかく歌いませんでした。その日は木を切り倒して枝を刈り落とすところまでやったところで夜になったのでラタは家に戻りました。
翌朝ラタが戻ってくると、例の木は枝も元通りくっついていてラタの昨日の骨折りがまったく夢だったかのように、すっくと立っていたのでした。ラタはわけが分からずにまた、木を切り倒しカヌーを作り始めたのでしたが、この日もカヌーが完成するより前に日が暮れてしまいました。翌朝、またこの木のところへラタが戻るとまたしてもこの木は元通り聳えているのでした・・・・・・

ラタは驚きあきれた。自分に手落ちがあったはずはない。森の中にきっと誰かがいる。そいつが自分の作業をひっくり返しているのだ。


ニュージーランド神話―マオリの伝承世界」 アントニー・アルパース編著 井上英明訳 より

ラタはカヌーを作る作業を行うと、その夜は家に帰らずに何が起るのかを隠れて見ていました。結局、木を元通りにしていたのは森の神タネの子供たちである昆虫達であることが分かりました。ラタが怒って飛び出すと、彼らはこう言い返しました。

「おお、ラタ、そういったってこれはおまえさんの樹ではない。それを勝手に伐り倒す権利はおまえさんにはないよ。それにおまえさんは仕事にかかる前に歌わなくてはならぬタネに捧げる呪歌をやらなかった。おまえさんが呪歌をやっていさえすりゃ、なにもおれたちは、こんな樹を何度も持ち上げることなんかする必要もなかったのさ」


ニュージーランド神話―マオリの伝承世界」 アントニー・アルパース編著 井上英明訳 より

最終的にはラタは自分の過失を認め、昆虫達に自分の目的を告げることにより、昆虫達を味方にします。そしてカヌーは完成し、(自分の父親の仇を討つために、あるいは父親を助けるために、あるいは父親の骨を取り戻すために、)カヌーに兵士たちをいっぱい乗せて、沖へ向かっていったのでした。


木本祭の本当の起源は何であるのか分かりませんが(おそらく伝承は失われているでしょうが)私は空想の中でそれをラタの話に結び付けておもしろがっているのでした。

ニュージーランド神話―マオリの伝承世界

ニュージーランド神話―マオリの伝承世界