古事記

古事記は当然、私の好きな本です。日本の古代史を考える際にも、文化人類学的な興味からも、神道的な興味からも、要するに私の中に根強く存在する「始原への憧れ」を満たすものとして大切な本です。
ここに表れているのはもちろん天皇家を正当化する神話ですが、その神話に現れているのは呪的な力です。この呪的なものが今日では新鮮に見えます。子供の頃から親しんできたこのような大切な本について書こうとすると、かえって何を書いてよいのか分からなくなります。
そこでそういう場合の手段として、どこか一部を取り上げます。ページをパラパラとめくっていくと、スサノオのミコトのヤマタノオロチ退治が目にとまりました。退治のあとスサノオは、ヤマタノオロチに食べられるところだったクシナダヒメと結婚して宮殿を作るのですが、その時に詠った歌がこれです。

八雲立つ 出雲八重垣  (やくもたつ いづもやえがき)
妻隠みに 八重垣作る。 (つまごみに やえがきつくる)
その八重垣を。     (そのやえがきを)

この歌には呪的な力を感じます。語調もなかなかよいです。この少し前に

ここに須賀の地に到りまして詔りたまはく、「吾此地(ここ)に来て、我が御心清浄(すがすが)し」

とあるようにミコトの感じていた清々しさが伝わります。怪物を退治し、伴侶を得て、張り切って家を作っている若い男の気持ちが伝わります。かつて死んだ母親のいる根の国に行きたいと言って世界を揺るがすほど泣いていたスサノオの成長を感じさせます。