プルターク英雄伝(一)

プルタークプルタルコスのことです。
20年以上前に東京の神保町で買った岩波文庫の「プルターク英雄伝」ですが、旧漢字旧かなの表記と時代背景の説明の不足によるあまりの読みづらさにこのシリーズは20年以上たった今もあまり読めていません。でも、捨てられない、私は本を捨てられない性分なのです。その中では(一)についてだけは全部読んでいます。(一)で取り上げられているのはギリシア人とローマ人からなる2組の人物。最初の組はギリシア人テーセウスにローマ人ロームルス、どちらも実在の人物というよりは神話上の人物です。テーセウスがアテーナイの建設者であることに対しロームルスはローマの建設者という趣旨で対比がなされています。
2番目の組はギリシア人リュクールゴスにローマ人ヌマ。どちらも立法者であるということで対比がなされています。この2人も実在の人物というよりかは伝説上の人物です。
この4名の伝記が本書ですが、プルタルコスにとってこの4名の伝記は本来の意図から離れた「おまけ」みたいなものだったようです。プルタルコスの意図はもっと実在のはっきりした政治家たちをギリシャとローマから1名ずつ取り出して比較させ、その生き様と政策、その意図と結果、を批評することでした。ところが、これを書き進めていくうちにヌマの時代までさかのぼってしまったので、勢いでロームルスのほうまで行ってしまったのでした。
一旦は彼は

事件についてまとまった記録のある時代まで述べてきた上は、そのまた昔の事になると、これより前の奇怪な芝居がかった事柄は詩人や神話作者の領分で信用も置けないし確かさもないと断っても差し支えあるまい
(引用にあたっては漢字やかなづかいを直しました)

と言いながら

リュクールゴスとヌマ王の記事を公にした以上、ロームルスの時代まで近づいたわけであるから、さらにさかのぼって説くことも道理に背きはしないと思う。

と言って、書く事を正当化しています。それでも神話にありがちな信じられない話が出てきた場合には

好意ある読者諸君が昔話として寛大に受け入れて頂くようにお願いする。

と断りを入れています。


私はテーセウスとロームルスについては神話として興味を持って読みました。リュクールゴスとヌマ(ヌマはロームルスの後を継いだ古代ローマ第2代の王)の伝記は、伝記というよりかは彼らが定めたと言われる法律の内容の説明が主であり、「英雄伝」という名から想像されるようなおもしろい話は登場しません。私が興味を持ったのは、そのような法律ではなく(だいたいその法律の作者が彼らであるということ自体があくまでも伝説であって、信憑性が低いのです)そこからはみだしたエピソードです。たとえば、ヌマの娘ポンピリアがマルキウスという人と結婚して

このマルキウスはヌマに王位に就けと勧めたマルキウスの息子である。父のマルキウスはヌマとともにローマへ移り住んで元老院に入るほどの尊敬を受けたが、ヌマの死後ホスティーリウスと王位について競争しそれに敗れて食物を取らずに死んだ。その息子のマルキウスはポンピリアを娶ったが、ローマに留まってアンクス マルキウスを産み、これはトゥルス ホスティーリウスに次いで王となった。

といった話です。まあ、どうでもいい話なんですが・・・・。困ったことに私はどうでもいい話が好きなんです。


どうでもいい話ついでに、もう一つどうでもいい話を紹介します。著者プルタルコス先生の筆がロームルス伝で脱線したところのひとつです。ロームルスは普通に死んだのではなく突然姿が見えなくなったという伝説を叙述したあとで、プルタルコスは「これはクレオメーデースの話に似ている」と言い出します。

小アジア西岸に近い島アステュパライアの)クレオメーデースは体力も身長も人並みはずれて大きく、気質のむらな気違いじみた人で、いろいろ乱暴をはたらいたが、とうとうどこか子供の学校で屋根を支えている柱を真ん中から手で砕いてその建物を壊した。子供たちが死んだため人々に追いかけられて大きな櫃の中に逃げ込み、その蓋を閉めて中から押さえていたので、大勢の者が力を合わせてかかったが開けることが出来なかった。そこで櫃を壊したところが、生きた人間も見えず死骸も見つからなかった。

まるでプリンセス天功の脱出マジックみたいな話ですが・・・・

人々は驚いてデルフォイへ託宣を伺う使者を送ると、アポローンの巫女は、「最後の英雄アステュパライアのクレオメーデース」と答えたと言う。

ここで話は唐突に終ります。私はこの話を読んだ時に、これこそ英雄時代の最後を示す話ではないのか、と考えてしまいました。古代ギリシャ人は自分たちの時代の前に「英雄の時代」という時代があってそこには自分たちより数段優れた英雄たちが活躍していたと考えていましたが、文明が進んだその当時では英雄は気違いじみた人としか見えなくなったのではないか、と私は考えたのでした。


何だかまとまりのない話になってしまいました