拡散近似(9)

拡散近似(8)」の続きです。
私の中にある拡散近似についてのモヤモヤした部分に関しては、次の記事を読んだところ、どこがモヤモヤしているのか少し納得できました。

最初に、このシステムを特徴づけるパラメータと記号を明確にしておこう。システムへの客の到着時間間隔は、独立で同じ分布にしたがう確率変数で、平均1/\lambdaと有限の分散\sigma_a^2をもっているものとする。s個の窓口でのサービス時間は、いずれも独立で同じ分布にしたがい、おのおのが平均1/\muと有限の分散\sigma_s^2をもっているものとする。システムのトラヒック密度(traffic intensity)を\rho=\lambda/s\muで表し、さらに、時刻tでのサービス中の客を含めた系内客数をQ(t)で表わすことにする。このとき、系内客数過程\{Q(t);t{\ge}0\}に対応して、Dの確率関数Q_nを次式で定義する。

  • Q_n=\frac{Q(nt)-(\lambda-s\mu)nt}{a\sqrt{n}}0{\le}t{\le}1・・・・(2)

 ただし、a{\equiv}\lambda^3\sigma_a^2+s\mu^3\sigma_s^2。IglehartとWhitt [13]は、不安定な(unstable)、すなわち、\rho{\ge}1であるシステムに対して、次の2つの重負荷極限定理(heavy traffic limit theorems)を示した。

  • 定理1 \rho>1ならば、Q_n{\Rightar}\xiが成りたつ。ただし、\xiは標準ウィーナー過程を表わす。
  • 定理2 \rho=1ならば、Q_n{\Rightar}f(\xi)が成りたつ。ただし、fDからそれ自身への写像で、
    • f(x)(t)=x(t)-\inf\{x(u),0{\le}u{\le}t\}0{\le}t{\le}1・・・・(3)
  • で定義される。

(3)式で定義される写像fは、容易に確かめられるように、原点x(\cdot)=0での通過できない境界の役割を果たしているので、f(\xi)は原点に反射壁境界をもつウィーナー過程を表わし、|\xi|と同じ分布をもっている。また、定理1は、定義3から本質的には中心極限定理の内容とまったく等価である。これら2つの極限定理から、不安定なGI/G/s待ち行列の系内客数過程は、適当な拡散パラメータをもつ自由(free)または反射(reflected)ブラウン運動過程で『近似』できることがわかる。ここで『近似』としたのは、これらの極限定理が十分長い時間経過した後の系内客数過程の漸近的な特性を示したものにすぎないからで、不安定なシステムであっても状態空間がまったく異なる以上、しょせん、近似でしかあり得ないのである。まして安定な(stable)、すなわち、\rho<1であるシステムに対しては、とてもこのような極限定理の成立を望むことはできない。もしなんらかでも拡散近似の理論的根拠を見いだそうとするならば、それは重負荷(heavy traffic)時を除いて他には考えられない。つまり、\rho{\simeq}1の場合に定理2の結果を拡大解釈して、安定なシステムの系内客数過程も、反射ブラウン運動過程で近似できるものと考えるのである。この大雑把ともいえる解釈が拡散近似の骨組みを支えているといっても過言ではないだろう。しかし、このことは近似の正当性を決して否定するものではなく、むしろ近似の結果によってその良否が判定されるべき性質のことのように思える。


まず、驚くのは拡散近似はもともと\rho{\ge}1(私の今まで使っている記号ではu{\ge}1)の条件で成りたつものだった、ということです。u{\ge}1では待ち行列に定常状態がありません。そのような状態で成り立つ近似をuが1に近い場合にも「定理2の結果を拡大解釈して、安定なシステムの系内客数過程も・・・近似できるものと考える」というのがキモだったわけです。


それでは「拡散近似(8)」で求めた重負荷極限定理の式

  • \lim_{u{\rightar}1}(1-u)CT_q=\frac{c_a^2+c_e^2}{2m}t_e・・・・・(60)

は厳密には成りたたないのでしょうか? 私はそうは思っていません。思ってはいませんが今の私の実力では、それを論理的に説明することが出来ません。以下、あまり論理的ではありませんが、私が考えたことをご説明します。
私は最初、拡散近似の内容を見て以下の点に困惑を感じました。それは

  • 時間的に連続、値域は0以上の整数、であるシステム内客数の過程

で近似するというところです。私にはこれはどだい無理な話に思えました。しかし、上の引用を見ますと

  • Q_n=\frac{Q(nt)-(\lambda-s\mu)nt}{a\sqrt{n}}0{\le}t{\le}1・・・・(2)

として、n{\rightar}\inftyとして客数過程についてもt軸を1/n、値域を1/\sqrt{n}にすることで極限をとっています。そのような極限として得られた過程は値域も連続になりますので、これをブラウン運動で近似するのは理にかなっていると思いました。
しかし今度は別の困惑が私を襲います。値域を1/\sqrt{n}にしたら、平均客数も極限ではゼロになってしまうのではないか? そうしたら平均客数を求める近似としては意味がないのではないか? ということです。しかし、u{\rightar}1になれば、平均客数も急速に増加するので、その増加の度合いと、1/\sqrt{n}に収縮する度合いがうまくマッチして式(60)が成立するのではないか、と思い、納得しました。
もとより厳密さに欠ける推論です。しかし、これ以上踏み込むとかなり深いところに行きそうなので、そろそろ引き返したほうがよいかな、と思っています。