拡散近似(8)

拡散近似(7)」の続きです。
それにしても「拡散近似(6)」で求めたブラウン運動の定常状態分布の式(53)

  • p(x)=\frac{2b}{a^2}\exp\left(\frac{2b}{a^2}x\right)・・・・・(53)

の意味は何なのでしょう?
もともと近似しようとしていた待ち行列の客数の過程Q(t)では、Q(t)の値は0以上の整数です。よってその分布関数は{p(k)kは0以上の整数)という形に書けるはずです。ところが式(53)のp(x)xは0以上の実数です。ここで以後、話が混乱しないように、式(53)に登場する近似としての客数分布の確率密度は\hat{p}(x)で表し、本来の客数分布の確率p(k)と区別することにします。


\hat{p}(x)をもってp(k)の近似であるとするわけにはいきません。だいたいp(k)は確率を表しているが\hat{p}(x)は確率密度です。それでも\hat{p}(x)を用いて求めた平均客数

  • \hat{L}=\Bigint_{x=0}^{\infty}x\hat{p}(x)dx

p(k)を用いて求めた平均客数

  • L=\Bigsum_{k=0}^{\infty}kp(k)

の近似になっていると期待できます。なぜそう期待できるのか、今の私には直感的にはそうだ、と思えるのですが、それを論理的に示すことが正直なところ出来ません。今は先に進みます。そこで平均客数\hat{L}を求めると、積分するまでもなく(53)が指数分布の形をしていることから平均L

  • \hat{L}=-\frac{a^2}{2b}・・・・・(56)

であることが分かります。


ところでこのブラウン運動の平均は

  • bt・・・・・(49)

標準偏差

  • a\sqrt{t}・・・・・(50)

でした。一方、近似の対象になっている待ち行列の客数の過程では平均は「拡散近似(3)」で示したように、

  • m_Q=(u-1)\frac{m}{t_e}s・・・・・(21)

分散(=標準偏差の2乗)

  • \sigma_Q^2=\left(\frac{c_a^2}{t_a}+\frac{mc_e^2}{t_e}\right)s・・・・・(22)

でした。よって、このブラウン運動によって客数過程を近似するには(21)(22)ではsが時間を表していることに注意すれば

  • b=(u-1)\frac{m}{t_e}・・・・・(57)
  • a^2=\left(\frac{c_a^2}{t_a}+\frac{mc_e^2}{t_e}\right)・・・・・(58)

と置くべきであることが分かります。よって平均客数(=ジョブ数)\hat{L}は(56)(57)(58)から

  • \hat{L}=-\left(\frac{c_a^2}{t_a}+\frac{mc_e^2}{t_e}\right)\frac{t_e}{2m(u-1)}=\left(\frac{c_a^2}{t_a}+\frac{mc_e^2}{t_e}\right)\frac{t_e}{2m(1-u)}
    • =\left(c_a^2\frac{t_e}{t_a}+mc_e^2\right)\frac{1}{2m(1-u)}

ここで

  • \frac{t_e}{t_a}=mu

であることに注意すれば

  • \hat{L}=(muc_a^2+mc_e^2)\frac{1}{2m(1-u)}=\frac{uc_a^2+c_e^2}{2(1-u)}

よって

  • \hat{L}=\frac{uc_a^2+c_e^2}{2(1-u)}

となります。よって

  • L{\approx}\frac{uc_a^2+c_e^2}{2(1-u)}・・・・・(59)

となります。ここでリトルの法則を用いるとLWIPに、

  • \frac{mu}{t_e}

スループットにあたるので、サイクルタイムCT

  • CT=\frac{L}{mu}t_e{\approx}\frac{c_a^2+\frac{c_e^2}{u}}{2m(1-u)}t_e

よって平均待ち時間CT_q

  • CT_q=CT-t_e{\approx}\frac{c_a^2+\frac{c_e^2}{u}}{2m(1-u)}t_e-t_e

ここから

  • (1-u)CT_q{\approx}\frac{c_a^2+\frac{c_e^2}{u}}{2m}t_e-(1-u)t_e

ここでu{\rightar}1とすると、この拡散近似はu{\rightar}1で正確になる近似ですから

  • \lim_{u{\rightar}1}(1-u)CT_q=\frac{c_a^2+c_e^2}{2m}t_e・・・・・(60)

という等式が成り立ちます。これが重負荷極限定理(heavy traffic limit theorems)と呼ばれる式だそうです。


拡散近似(9)」に続きます。