情報時代の見えないヒーロー【ノーバート・ウィーナー伝】
- 作者: フロー・コンウェイ,ジム・シーゲルマン,松浦俊輔
- 出版社/メーカー: 日経BP社
- 発売日: 2006/12/14
- メディア: 単行本
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この本の表紙の写真に載っているカーネル・サンダースみたいなおっさんが、私の好きな好きなノーバート・ウィーナー(1894〜1964)です。この本のタイトルの「見えないヒーロー」というのは原題ではDark Heroで、このダークという言葉にはこの本の前書きによれば、ダークマター(=現代宇宙論で、宇宙に大量に存在していると想定されている正体不明な物質)の意味をこめているということです。著者によれば、この男こそ今ではあまり有名ではないが情報時代を切り開いた第一級の人物なのでした。そしてこの本はなぜ彼がそれほど重要なのかについて詳細に記述しています。
ウィーナーに30年間魅せられてきた私にはとてもおもしろい本でした。伝記としての記述が丹念ですし、彼がなぜいろいろな人々から反撥をうけたのか、その性格上の欠点、意外なエピソード、などよく書かれています。
びっくりしたことが何点かあります。
- 量子力学の建設が物理学の課題であった1925年秋、マックス・ボルン(量子力学の建設者の一人で、ハイゼンベルクやシュレディンガーのように有名ではないが、以前読んだ吉田伸夫氏の「光の場、電子の海」ではその業績を強調していた)とMITで共同研究していたこと。ボルンはわざわざドイツからMITまでやってきたのでした。とすれば、量子力学に対するウィーナーの貢献もあったかもしれないです。(フォン・ノイマンの貢献は有名ですが)
- 今まで良妻だと私が認識していたウィーナーの妻、マーガレットが、いろいろ問題のある人物だったこと。著者によればサイバネティックスがすぐに頓挫した理由の一端がこの妻にあること。具体的にはウィーナーのサイバネティックスにおける共同研究者たち(マカロック、ピッツ、セルフリッジ)を誹謗中傷して、それをウィーナーが真に受けて絶縁したこと。(マカロック=ピッツの神経モデルで有名なピッツの場合悲惨で、ウィーナーに絶縁されたショックで、精神がおかしくなりアル中で死んでしまった。)
- ウィーナーが晩年、MITのヒンドゥー教の宗教担当職員(そんなものがあるんだ!)サルヴァガタナンダ師に、自分は生まれ変りを信じている、と告白したこと。私はこれが一番、信じられない。この本の中では、ウィーナーに近かった人々のインタビューも載せられていますが、皆、一様に信じられない、という反応でした。
参考文献、原注、人物索引も充実していて、ウィーナーの業績を知るにはとてもよい本です。しかし、これは私の推測ですが、和訳がこなれていない、と思います。意味の不明な文章にたびたび出会いました。主語を省略しすぎて誰の話か分からないところもありました。日本語では主語を省略しがちですが、やり過ぎています。修飾節と非修飾節が離れすぎで対応が取りづらい箇所も多いです。そして、訳者自身のウィーナー理解が浅いような気がします。