「サイバネティックス」という本の「第2章 群と統計力学」(1)

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サイバネティックス

の第2章は、主にエルゴード理論と、その構築のためにはルベーグ積分が必要だったことを述べています。ウィーナーの初期の業績であるブラウン運動の数学的理論はルベーグ積分を関数の確率に拡張したものらしいのですが、残念ながら私の理解を超えています。
それにしても、統計力学の問題であるエルゴード仮説純粋数学の一つの到達点であるルベーグ積分の間の隠れた関係を見つけたのは誰なのか? 私はそこに興味を持ちます。


第2章は以下の文から始まります。

 今世紀の初めごろ*1、一人は米国、一人はフランスで、二人の科学者が研究を進めていた。もしその一人が他の一人の存在を聞き知ったとしても、その研究は全然無関係な方向のものであると彼らは考えたであろう。その一人はニュー・ヘイヴンの、ウィラード=ギブズ(Willard Gibbs)であった。彼は統計力学に関する新しい考えを発展させていた。今一人はパリのアンリ=ルベーグ(Henri Lebesgue)であった。彼は三角級数の研究に使うため積分論を修正して、より強力な理論を発見し・・・た。

ギブズは数学者ではあったが、いつも数学を物理学の補助手段と考えていた。


一方、ルベーグはといえば

彼の著作には物理学から直接発生してきた問題や方法は、一つも含まれていない。


しかし、ここでウィーナーが強調したいのは

ギブズによって提起された問題に対する解答は、彼自身の研究にではなく、ルベーグの研究の中に見出されるのである。

ということです。


それでは「ギブズが提起した問題」は何か、というのが問題になってきます。以前は私は、これはエルゴード理論、つまり統計力学がそれを基礎にしている(といわれる、というのはエルゴード理論が統計力学の基礎になっているかどうかについてはまだ異論があるらしいので)

  • 集合平均=時間平均

が成り立つ、のことを言っているのだと思っていました。

  • この式の意味をかみ砕いて説明するのは(私には)ちょっと難しいです。以前、以下のエントリで集合平均と時間平均の違いの説明を試みました。ご参考にして下さい。

しかし、この本「サイバネティックス」を丁寧に読んでいくとギブズが提起した問題とウィーナーが言っているのは、エルゴード理論とは別なことのようにも思えます。(とにかくウィーナーは「これがギブズの提起した問題であった」というふうにはっきり書いてくれていないので、よく分からないのです。)

ギブズの統計力学の手法の中には、----それは暗々のうちに使われたものでギブズ自身もはっきり意識してはいないのであるが----次のような手続きが用いられている。すなわち一つの複雑な偶然事象を、第一・第二・第三・・・・と既知の確率をもった特殊な偶然事象の無限系列に分解し、はじめの偶然事象の確率を、これらの特殊な偶然事象の確率の無限和として表したのである。

無限に小さいものを無限個足すという話は積分のことを思い起こさせます。ですから、これがルベーグ積分に関係するというのは何となくわかるのですが、それがそれほどの大問題なのかな、とも思えてしまいます。


私はそのような疑問を持つのですが、ウィーナーは次のように結論を述べます。

ギブズの理論に対するルベーグの貢献は、統計力学が暗黙裡に要請していた確率0の偶然事象や、偶然事象の確率の和に関することがらが、実際に成立しており、ギブズの理論は矛盾を含まないことを示した点にある。


なるほど。
ルベーグ以前の積分ではおそらく確率論を基礎付けるには不十分だったということですね。無限小の確率を持つ無限の事象、の和として表される事象、の確率(これは有限)を求めるためには、ルベーグ積分が必要だったということですね。そのような話でしたら、現代的な確率論の本では最初に出てくる話ですね。いわゆる測度論的確率論ですね。


しかし、私はまだギブズの統計力学というものがどんなものか知りませんし、そのためギブズの統計力学のどの場面で「一つの複雑な偶然事象を、第一・第二・第三・・・・と既知の確率をもった特殊な偶然事象の無限系列に分解し、はじめの偶然事象の確率を、これらの特殊な偶然事象の確率の無限和として」計算しているのか理解出来ておりません。


「サイバネティックス」という本の「第2章 群と統計力学」(2)」に続きます。

*1:もちろん20世紀の始めのこと