「サイバネティックス」という本の「第2章 群と統計力学」(9)

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エルゴード理論を統計力学の基礎にするためには、集合Eが1次元の線分では不十分で、もっと多次元にしてやらなければなりません。
ギブズ、そしてボルツマンの統計力学では、解析力学のやり方を踏襲しています。それは、素朴なニュートン力学のやり方と空間の考え方が異なっています。たとえば2つの粒子からなる系を考えるとします。素朴なニュートン力学では、3次元の空間を考え、片方の粒子の座標をたとえば

  • (x_1,y_1,z_1)

で表し、もう一方の粒子の座標を

  • (x_2,y_2,z_2)

で表し、この2組の座標が時間tの関数であるように表します。つまり3次元空間の中に2つの点があって、それぞれが時間とともに動いていくイメージです。


しかし、解析力学では、

  • x_1,y_1,z_1,x_2,y_2,z_2

さらに、それらに対応する運動量

  • p_{x1},p_{y1},p_{z1},p_{x2},p_{y2},p_{z2}

を合わせた12個の座標を用い、12次元の中の1点で、その系の力学的な状態を表します。本当は、ここでは位置は通常のユークリッド座標ではなく、もっと一般化した座標を採用することが可能です。これを一般化座標と言います。その場合は、その選んだ一般化座標に対応した一般化運動量を選ばなければなりません。このことは今の主題とは関係ないのでこれ以上、追求しません。重要なことは2粒子からなる系の状態を12次元の中の1点で表していて、この点が時間とともに動いていく、という「現実の世界とは異なる」見方をするということです。


よってn個の粒子から成る系は、3次元空間の中のn個の点で表されるのではなく、仮想的な6n次元空間(これを解析力学では位相空間と呼んでいます。)の中の1点で表されます。多数の粒子からなる系がたった1つの点として表され、その時間の経過による変化が、その点の動きとして表されるわけです。この点の動きを決めるのはハミルトンの正準方程式という方程式です。この方程式はもちろん、ニュートンの方程式から導き出されるのですが、このような多数の粒子からなる系の動きを解析するのに便利な形をしています。ハミルトンの正準方程式によって、時刻tの時にある位置xにあった点が時刻t+\tauの時にどの位置にくるかを計算することが出来ます。その位置をx'と表すとすると、xからx'の変換を考えることが出来、この変換が保測変換になっていることが「リウヴィル(Liouville)の定理(時間変換で位相空間内の任意の領域の体積が変わらない)」という定理によって証明されます。


もう少し補足すると、xは時間の経過につれて6n次元のどの点(の近傍)にも向かうのではありません。エネルギー保存の法則がありますから、6n次元のうち、エネルギーが一定の面(面と言っても2次元ではなく、6n-1次元なわけですが)の上のみを移動します。さらに、もしその系で角運動量などが保存されている場合には、さらに次元が小さくなります。そのような、点が動き回る可能性のある領域を、今までの議論での集合Eと考えるわけです。その領域全体の体積(=測度)を1と見なすことが可能です。Eの中で、系がある性質を持っている点の集合Aを考えます。その集合はE内にちらばっているかもしれません。たとえば、数直線の0から1までの間に有理数がちらばっているようにです。そのように点が散らばっている場合は通常の体積で考えるのではなく、測度で考えるべきです。全体集合Eの測度を1とします。そして集合Aの測度をm(A)とします。すると0{\le}m(A){\le}1です。この系が上に述べた「ある性質」を持っている確率を計算したいとします。ある性質を持っているとは点が集合A内に入った時のことを意味しています。ここでxの関数f(x)を考え、

  • x{\in}Aの時f(x)=1
  • x{\not{\in}}Aの時f(x)=0

であると定義します。そうすると、確率は平均の問題に変換出来ます。つまりA内にいる確率を求めることは、関数f(x)の平均を求めることと同じです。


さてxは時間tの経過につれて変化するのでした。よって、xtの関数という意味でx(t)と表すことにします。関数f(x)の平均は、本来の意味では時間平均、つまり

  • {\bar{f(x)}=\lim_{T\rightar{\infty}}\frac{1}{T}\Bigint_0^{T}f(x(t))dt・・・・・(1)

であるべきです。しかし、これを計算するのはハミルトンの正準方程式を解くことになり、これは粒子の数が増えると非常に大変になります。ところで、ある点を、その\tau後の点に変換する変換は保測変換であることが分かっています。さらにこの変換が測度可遷的であることが分かっていたとすれば、バーコフのエルゴード定理から(1)を計算する代わりに、集合E内でのxによるf(x)の平均つまり

  • \Bigint_Ef(x)dx・・・・・(2)

を計算すれば(1)の結果と等しくなることが言えます。(2)はf(x)の定義から

  • \Bigint_Ef(x)dx=m(A)・・・・・(3)

になりますので、結局

  • \lim_{T\rightar{\infty}}\frac{1}{T}\Bigint_0^{T}f(x(t))dt=m(A)・・・・・(4)

と計算することが出来ます。
時間平均の代わりに集合平均を計算して、それを時間平均の結果であると考える、ここに統計力学のミソがあるわけです。そのための根拠がエルゴード理論です。


第3章 時系列、情報および通信」でウィーナーが通信の理論を展開する時に、このエルゴード理論の枠組みが奇妙な形で再利用されます。それによって通信工学と統計力学の奇妙な並行関係が現れてきます。これがウィーナーの主張したいことの一つです。それについては「第3章 時系列、情報および通信(5)」および「(9)」を参照下さい。


「サイバネティックス」という本の「第2章 群と統計力学」(10)」に続きます。