「サイバネティックス」という本の「第3章 時系列、情報および通信」(9)

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(8)」では私流に時系列

  • f(t,\gamma)=\Bigint_{-\infty}^{\infty}K(t+\tau)d\xi(\tau,\gamma)・・・・・(15)

エルゴード的であることを導き出しましたが、この導出が厳密ではないことは私も認めます。
ウィーナーはこの章において、時系列f(t,\gamma)エルゴード性をもっと厳密に証明しております。それは2つの段階に分かれています。

  • ステップ1
    • f(t+\tau,\gamma)=f(t,\Gamma)・・・・・(17)
    • とおいた場合、\gammaから\Gammaへの変換(時間平行移動)が測度を保存することを証明する。(保測変換であることの証明)。
  • ステップ2
    • 上の変換が測度可遷的であることを証明する。


ステップ1については、f(t,\gamma)の全ての統計的パラメータが時間の平行移動について不変であることを証明し、それによって、f(t,\gamma)統計的平衡にあると結論づけます。統計的平衡なので時間の平行移動について任意の事象の確率、すなわち測度が不変であると結論しています。

  • もう少し詳しく示しますと、f(t,\gamma)の全ての統計的パラメータは
    • \Bigint_0^1d\gamma\prod_{k=1}^nf(\tau_k,\gamma)
  • の組合せであると考えることが出来ます。そこでウィーナーは
    • \Bigint_0^1d\gamma\prod_{k=1}^nf(\tau_k,\gamma)=\Bigsum\prod\Phi(\tau_j-\tau_k)・・・・・(18)
  • であることを証明しました。(証明はここでは省略します。) ただし
    • \Phi(\tau)=\Bigint_{-\infty}^{\infty}K(s)K(s+\tau)ds・・・・・・(19)
  • です。式(18)の右辺は時間の平行移動、つまり\tau_j\rightar\tau_j+T\tau_k\rightar\tau_k+Tという置き換え、について不変であることが分かります。これから全ての統計的パラメータが時間の平行移動について不変であることが分かります。

ステップ2については、まずf(t,\gamma)汎関数\mathfrak{F}\{f(t,\gamma)\}を考えます。次にf(t,\gamma)f(t+\sigma,\gamma)\sigma\rightar\inftyで確率的に独立になっていくことを示します。(ここでは詳細を示しません)。ここから

  • \lim_{\sigma\rightar\infty}\Bigint_0^1\mathfrak{F}\{f(t,\gamma)\}\mathfrak{F}\{f(t+\sigma,\gamma)\}d\gamma=\left[\Bigint_0^1\mathfrak{F}\{f(t,\gamma)\}d\gamma\right]^2・・・・・(20)

を導出します。ここでこの汎関数\mathfrak{F}\{f(t,\gamma)\}tの平行移動について不変であるとします。すると式(20)は

  • \Bigint_0^1[\mathfrak{F}\{f(t,\gamma)\}]^2d\gamma=\left[\Bigint_0^1\mathfrak{F}\{f(t,\gamma)\}d\gamma\right]^2・・・・・(21)

となります。さらに\mathfrak{F}\{f(t,\gamma)\}は任意の\gammaについて0か1の値しかとらないとします。そうすると

  • [\mathfrak{F}\{f(t,\gamma)\}]^2=\mathfrak{F}\{f(t,\gamma)\}

となりますので式(21)は

  • \Bigint_0^1\mathfrak{F}\{f(t,\gamma)\}d\gamma=\left[\Bigint_0^1\mathfrak{F}\{f(t,\gamma)\}d\gamma\right]^2・・・・・(22)

となり

  • \Bigint_0^1\mathfrak{F}\{f(t,\gamma)\}d\gamma=0または1・・・・・(23)

となります。
さて、このような汎関数\mathfrak{F}は何を意味しているでしょうか? \gammaの全集合を考えた時、この\mathfrak{F}はその中の特定の部分集合に属する\gammaについて1、その他の\gammaについて0の値を採ります。つまり、この\mathfrak{F}\gammaの全集合の部分集合を指定するものです。次に\mathfrak{F}\{f(t,\gamma)\}tの平行移動について不変であるということは、ある時間でこの部分集合に属していた\gammaは時間が経過しても同じ部分集合内に留まる、逆にこの部分集合に属していない\gammaは時間が経過してもこの部分集合に属さないということを示しています。つまり、この集合は時間の平行移動の変換について不変であるということを示しています。よって式(23)は、変換で不変な\gammaの集合の測度は0か1である、ということを示しています。その対偶をとれば測度可遷的の定義である「保測変換が測度が0でも1でもないようないかなる集合をも不変にしない」が成り立つことが分かります。よってこの時間の平行移動は測度可遷的であることが証明されます。


さて、時間の平行移動は保測変換であり測度可遷的であることが分かったので、fの任意の汎関数\Psi\{f(t,\gamma)\}についてエルゴード定理を適用することが出来て

  • \Bigint_0^1\Psi\{f(t,\gamma)\}d\gamma=\lim_{T\rightar\infty}\frac{1}{T}\Bigint_{-T}^0\Psi\{f(t,\gamma)\}dt・・・・・(24)

が成り立ちます。


この部分もまた、統計力学におけるエルゴード理論の枠組みが奇妙な形で再利用されている個所です。(「「サイバネティックス」という本の「第2章 群と統計力学」(9)」参照) ここで通信工学と統計力学の奇妙な並行関係が現れてきます。この考察を元にウィーナーは自分の時系列理論を第2章の最後で述べたように「時系列の統計力学と呼んでいるようです。

 次の章*1では、時系列の統計力学を論ずる。この分野では熱機関の統計力学の場合とはひじょうに事情がちがっており、生体内におこっていることの模型としてかなり役立つものなのである。


「第2章 群と統計力学」の最後の文


「サイバネティックス」という本の「第3章 時系列、情報および通信」(10)」に続きます。

*1:第3章