ゲルマーニア  タキトゥス

台風の雨をやり過ごすために、以前、買っておいて読み切れていなかった岩波文庫の「タキトゥス ゲルマーニア」

を通読しました。いつも最後まで読めなかったのは、この本に注が多すぎるためです。おそらく本文の2倍以上あるでしょう。この注を読んでいるうちに全体像が見失われてしまって、読み切れなかったのでした。本文だけを読めば、すんなり読める本でした。


古代ローマの最も安定していた時代、五賢帝の一人、トラヤヌス帝の時代に活躍したタキトゥスが、当時のゲルマン人の様子を書いた地誌・民族誌のようなものです。前半はゲルマン人についての総論、後半は各部族についての説明です。各部族については、それらと当時のローマ帝国との関係、協力しているか、敵対しているか、勇猛であるか柔弱であるか、王制か貴族制か、過去にローマとどんな関係があったか、などが記されていて、当時の外交政策への指南のようなものも感じます。文体はごつごつしていて簡潔です。こんな感じです。

 ヘルムンドゥーリーにつづいてナリスティー、なお次にマルコマンニーおよびクァディーがそれぞれ生を営む。マルコマンニーの威望、勢力が特にいちいるしく、その住地さえ、かつてボイイーを駆逐し、勇気によってかち得たものである。ナリスティー、あるいはクァディーといえども、いまだにその本性を失ってはいない。ゲルマーニア全体の境界がダーヌウィウス河*1によって形成されているかぎりにおいては、これらの3つの部族は、ゲルマーニアのいわば額の役どころを果たしているのである。マルコマンニーとクァディーには、われわれの知る以前までは、彼らみずからの種族から出身の王たちが存続していた。・・・・


ところで、ここに登場するマルコマンニー族とクァディー族の名は私に、このタキトゥスの時代の約70年後の哲人皇マルクス・アウレーリウスを思い出させます。彼は、これらの部族と戦っています。彼の「自省録」の第1章の最後には

グラン河畔のクヮディ人たちの間にて記す

と書かれています。



私が「ゲルマーニア」で興味を惹かれたのは、やはり神話的な宗教的な事柄についての記述です。それは私に「始原への夢」を見させてくれます。

 彼らは古くからのいくつかの歌――彼らの間では唯一の伝承であり、編年史ともいうべきものとしての――これらの歌において、大地から生れた神トゥイスコーと、その子マンヌスとを、種族の始原であり、創建者としてたたえる。そしてこのマンヌスに3人の男子があったとし、この子らの名に因(ちな)んで、大洋に最も近いものがインガエウォネース、中間のものがヘルミノーネース、他はイスタエウォネースと呼ばれるのであるという。

ここにゲルマン民族の最初の人としてのマンヌス、つまり英語やドイツ語でいうところのマン、「人」が登場します。これは古代インドの伝承に登場する「マヌ」を連想させます。この連想については別途いつか述べたいと思います。


ゲルマン民族大移動の時に登場する部族のいくつかの名前がここにすでに登場することも興味をそそります。スエビ族、ランゴバルト族、ゴート族(ゴトーネスという名前で)が登場します。いろんなことを調べたくさせるような本です。

*1:ドナウ河のこと